恋空

 恋空……それは、実戦空手道と、恋愛を融合させた、全く新しい格闘技……。
 この少女の名は美嘉。恋空の奥義を極めた彼女は、今、最強の彼氏に挑む……!(ウォオオオー!)
 …………誰が分かるんだこんなネタ。恋空と忍空の合わせ技が流行らしいので、斜め上の方向から流行に乗ってみました。


 さて、前置きは置いておき、「恋空」観てきました。たまには流行に乗るのも良いものですからね。
 ただ、一人で行くのはちと勇気がいったので、久しぶりに風野を引っ張って行きました。周囲の人からはカモフラージュに見えたでしょうかね?……見えるわけねーって。
 …………結論から言うと、メッチャ感動しました。これで感動しない人間は余程の変人か、最初から映画を観に来ていないかのどちらかです。涙堪えるのに必死で、結局なんとか泣かずに我慢しましたが、結構変な顔になっていたかもしれません(横にいた風野はそんな私を突っ込んでくれなかったのがちょっと寂しいのですが、まあそれは置いといて)。
 と言いましても、これはベタ褒めしているわけではありません。この映画、「お話」としては全然面白いと思えませんから。じゃあなぜ感動したのかと言いますと、この映画が「感動の要素の集合体」だからです。
 恋愛に少し興味のある年頃の少女に訪れる突然の出会い、ささやかな交流、進む関係、相手の元カノの嫌がらせ、レイプ、やがて結ばれ妊娠、しかし流産、突然の別れ、再会、死に至る病……、とにかく、ありとあらゆる「感動の要素」が詰まっています。これだけ見せられたら感動しない方がおかしいと思います。
 ただ、「感動」には「共感」があって然るべきですから、主人公である美嘉やその彼氏であるヒロに全く共感できない人は感動しないと思います。後は前述したように、余程のひねくれ者か、別の視点で観ようとしている人達です。
 そして、「感動の要素」の他には「何も」ありません。最低限の人間関係が軽く説明される程度です。例えば美嘉には姉がいますが、姉ならば妹の恋愛の相談に乗ったり口出しの一つぐらいすると思います。ですがそれは全く無し。両親も「両親」という記号以上の役目はありません。美嘉の体が危険な状態にある時に心配する程度で「両親」の役目は果たしています。
 他にも、携帯のメモリーを突然全部消されたら「本当に大事な奴なら〜」の前に、普通に「困り」ます。最初の一歩からそんな斜め上の行動を取る男は、私なら願い下げなのですが(しかもその理由が「美嘉への愛」が全て。ストーカーより恐いです)、そこから関係が始まるというのも実に奇妙。そしてようやく会ったと思ったら、「電話の向こうのあなたは花をそんな可哀想な扱いしない」と突っぱねる。勝手に幻想持たないでください……ていうか、そこまでの描写で「美嘉が花好き」もしくは「ヒロが優しい性格」ていうのが全然分からないんですけど(優しい性格の男は普通、自分から「優しい」みたいな事は言いませんし)。
 とにかく、この物語は……いえ、「物語」と呼ぶことすら間違っています。これは「感動が集まった何か」です。ですから、上記のような「物語への指摘」は全く的外れと言うしかありません。そして「面白い」とか「つまらない」という「物語への評価」も正しくはないでしょう。「感動した」「感動しなかった」の二者択一です。
 ただ、「感動の要素」だけは本当にてんこ盛りですから、「不覚にも泣いた」というのも決して恥じる事ではないと思います。感動して当然なぐらいに感動がいっぱいなのですから。……あ、でも「感動の胸焼け」はあるかもしれませんね。どんなに好きな料理も食べ過ぎると気持ち悪くなりますし、途中で何か我に返る、なんてのはあるかもしれません。


 さて、そんな「感動の集合体」である恋空、どっかでそういうのを知ってるなあと思ったら、エロ漫画と同じフォーマットなんですよ。それも、読み切りで描かれるような単純明快なエロ漫画。エロければ良いエロ漫画に対し、恋愛に関する感動をいっぱい盛り込んだ恋空。どちらも人間の基本的な感情に訴えるものですから、本人の意図しないところで反応してしまうときだってあるわけです。そして、それ以外の要素は極限までオミットしており、後は脳内補完という奴です。
 もう少し具体的に書きますと、まあエロと言ってもいろいろありますが……、例えば幼馴染の女の子とふとしたきっかけでエッチな事をしちゃう、というようなシチュエーションのエロ漫画があったとします。精々与えられている情報は、「幼馴染は実は主人公の事が好き」「主人公は幼馴染という事で異性としてあまり意識してなかった」程度とします。後はひたすらエロシーンが続く、シンプルなものです。
 すると、読者はここで想像力を働かせるわけです。お互いが意識していなかった頃のエピソードであるとか、どういうきっかけで相手を意識するようになるとか、やっちゃった後にどんな関係になるとか、そんな感じの事を。自分の都合の良いように、自分の欲望に正直に。お互いのキャラクターでさえほとんど描写されていないので(「漫画」である以上、外見はハッキリ描写されていますが。まあエロ小説でもなんでもいいです)、主人公やヒロインの過去すら自由に考える事ができます。作者の意図しない方向に。
 恋空も同じです。美嘉は主人公でありながら、実はどういう性格なのか全然分かりません。極めて一般的な常識を身に付けているだけで、後は「からあげが好き」ぐらいしかキャラクターが無いのです。年頃の女の子なら趣味の一つもあるでしょうし、彼氏と趣味を通じて交流する時だってあるでしょう。ですが、恋空にはそれがありません。
 だからこそ、自由に想像する事ができるのです。恋空の原作は同年代の少女に大ヒットしたという話ですが、それは当たり前でしょう。「恋愛に興味のある年頃の女の子」なら誰でも共感、感動できるようになっているのです。「感動した」という少女達にとって美嘉は自分の分身であり、彼女達の中での美嘉は、最早本来の美嘉ではないのですが、そんなものは関係ありません。
 また、この映画はとにかく非常に都合の良いように作られているのも特徴です。いろんな事件が立て続けに起こるのですが、美嘉に嫌がらせをしたヒロの元カノであるとか、その仲間をボコボコにしたヒロ等、警察沙汰になってもおかしくないのですが、それは「全て美嘉のため(=感動のため)」だから、他は余計な要素なのです(警察なんて出たら心気臭くなります)。そして最後はハッピーエンドです。ヒロが死んでるのにハッピーエンドか?というのは、そりゃあ「一番感動できるオチ(ヒロは死んだけど、私は元気です)」は「ハッピーエンド」としか表現の仕様が無いでしょう。
 レイプや暴力等も平然と存在し、図書室で子供を作ったとか、いろいろと突っ込みたいのはやまやまなのですが、これらは全て「感動」なんだからしょうがない。「強くなるためにいじめてた奴をボコった」と告白したヒロ君は、私なら「強くなるのは良いけど、暴力はいけないよ」と優しくたしなめますが、これもたぶん「感動」だからしょうがない。突っ込めない。
 もうね、超感動。冗談抜きに。言語で語ることすらできないぐらいに。「こんな女もこんな男も嫌だなあ」と最初は思っていたのですが、たぶんどこかで「共感」してしまったんでしょうね、後は恋空の魔性に取り付かれてしまいました。これで泣くなとか、絶対無理。
 ですから、この映画は評価不能。面白いとかつまらない以前の、人間の根源に訴える事「のみ」に特化している、狂気の映像です。ただ、カメラワークとか演出はイマイチだとは思いましたけどね。でもそんな事どうでも良いんです。「映像作品」としては平凡ですが、「破壊力」がありすぎます。
 これだけの「感動」を詰め込んだという恋空、ひょっとしてちゃんと文学作品として手直しすれば、ストーリーそのままでも名作になるんじゃないだろうかと思いました。ただ、そうすると上映時間が三倍ぐらいになると思いますが。


 あと、今まで敢えて触れていませんでしたが、「恋空」が受けたもう一つの要素として「ノンフィクション」があると思います。私にはよく分からないのですが、どうも人間はフィクションで感動するよりもノンフィクションで感動する性質を持っているようで……。何ででしょうね?文章にされた時点で、フィクションもノンフィクションも無い、ただの小説だと思うんですが。
 なお、私は「恋空」の真実性は考えていません。だって、証明できませんもの。「ありえないなんて事はありえない」のですから、やれ矛盾があるとか、やれ事件が起こりすぎだとか、そういう話は全部御粗末な議論です。悪魔の証明というヤツですね。…………まあ、嘘っぽいというのは否定しませんが。


 いつだったか「リアル鬼ごっこ」の書評に対し、「これは人に書評を書かせる力を持っている」というものがあったと思います。つまり、駄作は人に創作意欲をかき立たせたり、とにかく「ツッコミのはけ口」を求めるわけですが、「恋空」は全く違います。これは純粋に興味が湧きました。物語ですらない「感動の集合体」なんて、普通の人間なら思いついてもやらないと思います。
 というわけで、映画を観た勢いで原作も買ってきました。これは研究せざるをえませんから。……上下刊で2000円って、随分高いですね。しかも恋空だけをレジに持って行くのはちょっと勇気がいったので、筒井康隆先生でまだ持ってないのを一冊と、あとアクセントにライトノベルでも買おうかと思いましたが、あんまり面白そうなのが無かったので、代わりに武士沢レシーブの文庫版を。これなら恥ずかしくないですよ?
 …………買いすぎじゃーん。


 あと、恋空の原作を買ったもう一つの理由。
 二人目の彼氏である優君が中盤を境にパッタリと出なくなったのはなんでやねん、という思いがあります。元カノの咲でさえ出てくるのに……。優君みたいな人を放っておくなんて、そりゃあんまりというものです。あまりに可哀想すぎます。お話的にも、人間的にも(出会いと付き合いの過程もあんまりなのですがね……)。