狼と香辛料

 今期の新番組ではたぶんこれが一番期待されてると思うんですが、風野が言うには「あんまり面白くない」との事。具体的には、コンテが美しくないと。そういうわけで私も何度か観返して考えてみました。ちなみに、原作は三巻ぐらいまで読みました。後は積んでれら。
 舞台は中世風で、ファンタジー世界ではあるもののファンタジー要素は「神」がいるという程度で、中世風っぽく教会などの宗教施設が大きな権力を持っています。そして主人公ロレンスは商人で、井の頭五郎よろしく個人で商品をやり取りして少しずつ財産を蓄えている、そんな感じの人。五郎と違うのは、自分の店を持つという確固たる目標がある事でしょうか。
 これだけの内容から分かるように、物語に山場はあれど、アクションなどの派手なシーンはあまりありません。ヒロインである「ホロ」の正体は巨大な狼の姿の神なので、それを活かすような場面は勿論あるわけですが。
 つまり何が言いたいかと申しますと、この作品においては会話劇と場面に流れる空気が重要だと思うわけです。特にホロは少女の姿でありながら800年を生きている賢狼、その老獪さによってロレンスや他の商人を手玉に取り、しかし長い人生のおかげで孤独を恐れるというギャップが魅力的なわけです。ならばこそ、その場面をねっとりと描写しなくてどうしますかと。アニメではそれが成功してないんじゃないかなあと。
 ただ、失敗してるとは思わないんですがね。脚本自体はなかなかのものですから、それを活かすコンテや演出の面で一歩劣っているという印象です。
 会話劇というものは作るのが非常に難しいものです(当たり前ですが)。ただ会話を流すだけでも物語は分かりますが、台詞と台詞の間を一秒空けるか空けないかでも意味合いが変わってきますし、二人の人物が右か左かどちらにいるか、どっちに向かって喋っているか、会話しながらパンするかスライドするかでもお互いの立ち位置を変えることができます。ぶっちゃけた話、本当に美しいコンテなら、無言で見つめあうだけでもお互いの関係が分かってしまいます。
 で、今回のアニメではそれがイマイチなんじゃないかなあと。どうも脚本をなぞる事に意識を取られすぎているのか、あるいは他のシーンとのペース配分を間違えたのか、会話劇のテンポが若干崩れています。心もち早く。
 といっても気にせず観ることもできるのですが、詰めが甘いのです。おかげでホロは老獪さに欠けますし(個人的には、小清水亜美さんが合ってないとも……)、ロレンスの戸惑いも十分に感じ取れません。ホロはせっかくの人気キャラなんですから、その人気にあぐらをかかず、もう一歩踏み込んだホロ像を見せてほしいと思ったのは私だけではないと思います。
 絵が動く小説なんて私は観たくないんです。アニメが観たいんです。


 で、風野が言うには「中村隆太郎にやらせればすごいことになると思う」らしいんですが……、確かに「キノの旅」は電撃のアニメでありながら異彩を放っていましたが、それはキノの旅だから許されるのであって、狼と香辛料でそれをやっちゃったら、本当に「スゴイ事」になってしまいます。狼と香辛料はああ見えて結構緻密で説教臭いところがあるので、中村監督だと雰囲気は完璧になっても原作ファンからは嫌われるんじゃないかなあ……、サクラ大戦みたく(あれも間違いなく傑作です。原作を無視すれば)。第一、中村監督は今、他の仕事してますし。
 前にも書きましたが、中村監督の恐ろしいのは、自然すぎてすごさに気づかないところだと思います。「ストーリー及び世界観の統一」が非常に高いレベルでまとまっていて、動くシーンと動かないシーンの配分も実に上手い。
 例えば、にらみ合いでも何かしら背景を動かしてキャラクターの感情の隠喩にしたりするというのは誰でも考え付くことですが、普通ならそこは「手を抜くポイント」だったりするんです。背景を動かすよりもキャラクターの眉を動かした方が安上がりですから。他にもゆっくりスライドするとか、何気ない小物をさり気なく複線に持ってくるとか、いろいろな手法がアニメにはあります。でも、普通はやらないんです。キャラクターが動けばアニメは十分表現できますから。
 でも、中村監督はそれをしません。画面内で止まっているものが何一つ無いんです。何かしら動いていたり動いているように見せかけたりで、でもごちゃごちゃせずにメインとなるキャラクターなどに焦点がちゃんと合っています。lainのOPなどを観ると分かりやすいですね。一見無意味な日常の中にひっそりと「lain」がいるだけなのですが、強烈に印象に残るように見せています。あの「lainに焦点を合わせつつも背景やキャラクターが多重スクロール」はなかなか真似できないと思います。
 で、結果どうなるかと言うと、視聴者は「特定のキャラクターを理解する」のではなく、「『特定のキャラクターのいる世界』を理解する」ことができます。テレビ画面を目一杯使って、世界観レベルで説明してしまうんですね。例えば攻殻機動隊S.A.C.の5話も中村コンテですが、ストーリーが進みつつも電脳を始めとする世界観とそのバランスを知ることができ、尚且つ「草薙素子だけが微妙に公安9課から外れている」という立ち位置までも理解することができます。カットごとの分け方も微妙に音と映像をずらしたり間のカットを一つ入れたりで、場面転換だと分かりつつも切れ目が見えないようにしています(切れ目が見えない=より物語に集中させることができ、理解力が深まります)。
 ただ、中村監督は非常に好き嫌いが別れる作風なんですよね……。絶対つまらないものにはならないのですが、全般的に暗めのトーンの作品ばかりです。静かに物語に惹き込まれるのは良いんですけど、いわゆる「萌え」などとは一線を画しています(RECもかなり味のある作品になっていましたしね)。それに、画面を目一杯使うというのは、それだけ視聴者に負担を強いるということでもありますから、中村監督の作品は一気観賞が出来ません。体力的に。「面白いけど、俺には合わん」という意見も無理ならぬことです。


 で、狼と香辛料というのはマイナーな作風なようでいて、実は非常にオーソドックスな電撃文庫です(商売が「武器」であり「能力」なだけです)。ホロかわいいよホロという人がいっぱいいるのはその証明でしょう。それを中村監督がやったとしたら、たぶんホロが「かわいい」というよりは「美しい」になってしまうような気がします。しかも、美少女としての美しさではなく、800年の永きを生きてきた賢狼としての美しさ。
 勿論、老獪さもばっちりでしょう。それはそれで観たいのですが、たぶん需要は少なめなんじゃないかなあ〜……と。


 あと風野が言ってました。「ホロは池澤春菜が良いんじゃないかな」って。確かにあの人はリアルで頭が良いですが、キャラクターとしてはどうなんだろう。あんまり聴いた事が無いのでよく分かりません。