吐いたら口に入れ直せ

 唐突にネタ紹介をば。
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 ちんこうPというのはニコマス界におけるスタンドアローンコンプレックスのような存在なわけですが(意訳)、その中にも個性を持った人間はいるわけでありまして。そのうちの一人が「妹」と呼ばれる人。主に動画内の声を担当しており、それなりに人気もあるようなのですが、特筆すべきは歌唱力です。一言で言えば、ヘタクソです。それも超弩級の。歌詞間違いやリズムずれは無いのですが、純粋に音程の崩れっぷりが恐ろしいまでになっているのです。
 さて、ただヘタクソな歌なら私はあんまり聴きたくありません。下手なのが逆に味になっている歌は好きなんですけどね。それで今回の下手はどんなものなのかなーと思って聴いてみたわけですが……、吐きそうになりました。比喩ではなく、本当に気持ち悪くなったのです。声は一本の筈なのに、何本にも分かれて、そして曲がりくねって聴こえてきたのです。そしてある瞬間で「音がひっくり返り」(音程とかリズムは変わっていません。音のカタマリがごろりと回ったようなイメージでしょうか)、それと同時に私は平衡感覚を失いました。音だけで酔ったのです。
 妹さんはどうやらヘタクソなことに自覚は無いそうです。そもそも音痴には二種類あって、自分が音程を外している事を理解している音痴と、そもそも正しい音程を認識できていない(あるいはできない)音痴があります。恐らく妹さんは後者の方だと思うのですが(前者は「恥ずかしさから音を外す」も含まれるのですが、妹さんの歌い方からはむしろ自信を感じるので……)、それでもこうやって動画にして上げられれば自覚も生まれると思うのですが、本人はどう思っているのでしょうか。私には分からないので、思いっきりヘタクソと呼ばせていただきます。
 その上で言いましょう。「これは、すごい歌だ」と。音だけで不快感を及ぼすのはそう難しくありませんが、それは不協和音等の理屈に基づいたものであるか、聴き手側が音楽的知識を持っているが故に素人が腹立たしい等の、そういう理性的な感覚によるものがほとんどです。しかし、これは違います。純粋にパワーだけで私を体調不良に追い込みました。ここまで来ると、上手い下手を通り越して評価されるべきではないでしょうか。


 というような文章を一度聴いた後で書いたのですが、ここまで書いたところでもう一度聴いてみました。……今度は身構えていたので、吐きはしませんでした。でもやっぱり天地がひっくり返るような感覚がありますね。
 突然ですが、ライブ録音のCDってありますよね。トークとかも入っていたりするアレです。あれを聴いている時に、ライブの情景が浮かんだ事はないでしょうか。あるいは、普通のCDでも、歌い手の顔であるとか、歌っている時の気持ちが頭に浮かんだ事はないでしょうか。感受性の無い私でも、繰り返し聴いているとそういう意識が生まれたりして、それに気づいた時はちょっとした感動なのです、が……、この妹さんの声は全く違います。想像するまでもなく、頭の中に音が入り込んでくるのです。
 私は、声は生き物であると考えます。可愛い声は丸っこいイメージがあり、カッコいい声は実際に角ばっていたりするイメージがあるのです。当然、妹さんの声も同じです。聴いているとイメージが頭に(勝手に)浮かんでくるのです。
 私の中で、妹さんの姿が踊っています(といっても妹さんの顔を知らないので、動画でメインに映っている千早が代役)。音程が合っているところは、実際に動画のように可愛いダンスを披露してくれます。しかし一歩音程を外すと、突然前転したと思ったらそのまま前頭葉に踵落としを決めてくれるのです。脳がシェイクされ、モニターの前に突っ伏す私。気が付いたら私も妹さんと踊っていました。ぐるりと捻って、ぬぷっと流れる。音程って何?食えるの?食えない?じゃあ私が音程だ。私が食えないのは私だけ。私は音程の権化だ。私が間違ってる筈は無い。アハハ、楽しいなあ……。


 妹さんはとんでもないものを盗んでいきました。私の音程です。