ありがとうございます。

 風野君、PCが直ったと思ったら今度はお腹壊したみたいです。悪い事って重なるものだから、暫く何もせずに休んだ方が良いと思うよ。


 さて、去る7月20日、私は三重県津市は大門の商店街の片隅にある、「津大門シネマ」に行って参りました。
 そもそもの発端はその前日の19日。久しぶりに休みが取れた私は、ここのところご無沙汰だった映画鑑賞と洒落込もうと思って件の映画館に行きました。すると、いつになく人の入りが多く、いつも多い時で十人いるかいないかの小さなエントランスに、三十人そこそこはいるではありませんか。更に窓口には小さな花束が。これはどうしたんですか?と私が尋ねると、館長?のおじいさんが言うのです。「20日で、休館になるんですよ」と。


 頭が真っ白になりました。


 私が映画を観始めたのは、実はここ数年ぐらいの話でして、その数年前というのは私が精神的に非常に落ち込んでいる時期でした。しかし親や友達にも相談できないような状況でして、とにかく気分転換をしたい、でも能動的な動きはしたくないという鬱屈とした感情が渦巻いていた私は、ふと「そういやあそこに映画館があったなあ」と思い、津大門シネマへと足を運びました。映画館は広くて、リモコンを使わずとも画面が娯楽を提供してくれる、しかも冷暖房完備という至れり尽くせりな環境でしたから、現実逃避を通り越してアノ世ノ果テまですっ飛んで行きそうな私はあと一歩のところで踏み止まる事ができ、それからも気が向いたら映画館に行く日々が定着しました。
 面白い映画も、つまらない映画も、いっぱいありました。面白いけど、自分の感性とは合わない映画だってありましたし、好きな俳優が出てるからそれなりに楽しめたというだけの映画もありました。でも、内容はどうでも良かったのです。「映画館」という空間が好きでしたから。でも、精神が回復すると同時に「ただ観るだけじゃ勿体ないなあ」という感情も出てきましたら、その結果が私の日記における映画感想なわけですね。なお最近サボり気味なのは、忙しくてそもそも映画館に行けなかったからです。
 そして、去年の十月ぐらいだったでしょうか、件の映画館を経営するおじいさんが、癌であまり長くないという話が新聞に載っていたのを見た時、私がこの映画館に通い出してからの思い出が一気にフラッシュバックしました。私はあの映画館に少なからず救われていたのに、その時もあのおじいさんは病気と闘っていたのだろうかと思うと、ここのところ遠ざかっていた「人生の重み」「死の重み」が再び首をもたげてきたのです。
 おじいさんが、どのような気持ちで映画館を経営していたのかは分かりません。ただその時は、自分の死期を宣告されているのに、どうして笑顔でいられるのだろう?という疑問で頭が一杯になり、いてもたってもいられなくなった私はその週末にすぐ映画館に行き、恥ずかしながら「どうか、お大事になさってください」と声をかけていました。私は貴方の映画館が好きなんです、でも貴方が亡くなられるのは、それよりももっと大きな事なんです、そんな想いをこめて。
 問題は、その後でした。私は暫く映画そのものを観る事ができなくなりました。命の重みというヤツなのでしょうか、その存在を改めて認識した私は、今考えると笑ってしまう話なんですが、「私一人があっけらかんと映画を観てて良いんだろうか?」と思ってしまい、映画から遠ざかってしまったのです。生活こそ今まで通り続きましたが、本質的には何もできなくなってしまいました。ホント馬鹿ですよね。死人や病人なんて、何秒に一回とかの割合で出ているというのに、少し身近な人の事をちょっと心配してしまっただけで何もできなくなるんですから。しかも、そのおじいさんは変わらず映画館を経営していたんですから、むしろ積極的に観に行くのが何よりの薬なんでしょうに。
 そして、私が映画感想を再開したのが、3月のヤッターマンです。それからもペースはいまいちでしたし、何より貴重な単館上映の映画館である津大門シネマに足を運ぶ事は、ずっとありませんでした。そして、ようやく時間的余裕と精神的余裕が出てきて、久しぶりに行ってみるかとなったら、上の話に繋がるわけです。


 自分がずっといかなかったから、経営難になって潰れた……わけはないでしょう(経営難自体はありえそうなぐらい人が少なかったのですが……w)。やはりおじいさんの体調的な問題があったんでしょう。まあ、潰れた原因なんて聞けるわけはありませんが。私にできる事は、ただ映画を観るだけです。ですから19日に「レッドバルーン」を観た次の日、20日の最後の上映に「大阪ハムレット」を観に行きました。
 私という人間が現金なのか、それとも映画館の持つ包容力なのか、最初は休館で気もそぞろだったのですが、三十分も立つとハムレットを読む不良少年と心は一つになっていました。そしてエンドロールの辺りに来ると「ああ、面白かった」という感想と同時に、「ああ、これで最期なんだなあ」という感慨も湧き上がってきました。そして全てが終わると、誰ともなく拍手が。ああ、残念だけど、来て良かった……そんな感動が出てきました。
 感謝の気持ちと共に席を立ち上がると、そのおじいさん、谷口嘉吉さんが出口で待っておられました。そして、「この映画館は閉館しますが、単館系映画は津のワーナーマイカルシネマズの中で上映させてもらう事になりました」と仰られました。その時の私の表情は、ここ数年で無いぐらいの笑顔だったと思います。ああ、私は映画館も好きだけど、映画も好きなんだなあと。
 というのも単館系の映画館というのは、私の住む三重県には全然無いのです。二、三年前に四日市の駅前の映画館が同じく閉館になってしまって以降、私は津に行く「しかありません」でした。映画観るためだけに名古屋まで行くのはさすがにちょっと辛いですし、最近はシネコンばっかりになってしまい、隠れた名作というか地味めの映画は大抵単館系ですから、もし事情が許せば自分で単館系映画館を経営してやる、と思うぐらいには愛着がありました(笑)。勿論、いろいろと無茶ですが、気持ちの問題です。
 ですから、三重県で単館系映画館が無くなるのは寂しい限りですが、単館系映画が無くなるわけではないのだと思うと、やっぱり嬉しくなってしまいました。おじいさんはもう体調の事もありますし、正直休んでほしい気持ちの方が強くなっていましたから、良い形で映画館に別れを告げる事ができたなあと思います。唯一、あの小さな映画館の雰囲気がどうしようもなく好きだったので、あの優しさに会えなくなるのはちょっと寂しいのですが、何事も、ずっと続けば良いというのはワガママですしね。
 本当に、今までありがとうございました。


 こうやってゆっくりと想い返しながら書いていて、あのおじいさんとちゃんと会話をしたのは、新聞を読んですぐ訪ねた時と、19日の時の、たった二回だけだったと気付きました。そこがまた残念かもしれません。子供の頃からおじいさんとかおばあさんとか大好きなのに、もっとお話したかったなあ。
 いつか、映画館で出会えるでしょうか……。