ファイアボール・その3

 揺らぎが宇宙の本質だと言うのなら、この宇宙は既に崩壊に向かっていると考えるしかありませんね。別宇宙に脱出する方法を考えないと。

  • 「我々とは、言語体系が些か異なりますから」「初耳ね」

 7話にして提示される、人類とロボットの間にある埋めがたい溝でございます。他者を意識したお嬢様は人類との話し合いの場を設けようとします。これがお嬢様から自発的に見出されたものである辺りにフリューゲル家における教育方針の在り方が感じられますね。しかし、高貴な生まれのお嬢様にとって野蛮な若者言葉は腹に据えかねるものでございました。
 この物語は恐らく、なんらかの言語を日本語に翻訳して作られているという設定があるのではないかと推測されますが、同じ日本語でさえこれほどの隔たりがあるのです。日本語と英語、ましてや人類とロボットの話し合いがいかに難しいかがよく分かりますね。なんというか、この話は当たり前すぎて、今更申し上げるような事はありません。

  • 「この広間は、くつろげないと思うのだ」

 ドロッセルお嬢様は無機質な広間よりも、人間的なコッペリアインテリアを所望されました。なお、この時に提示された椅子の名前はバルタザールという名前で、かの名優徳丸完氏が銀河旋風ブライガーに出演なされた時の役名であると同時に新約聖書においてイエスの誕生を祝福した博士の一人の名前が元になっていると思われます。
 バルタザールに華麗に着席し遊ばされたお嬢様は、「ふうむ、正に夢心地ね」と感想を述べられました。しかし、その直後バルタザールはお嬢様を祝福せずに跳ね飛ばしました。それでもお嬢様はめげずに再び着席し「ふうむ、正に夢心地ね」と機械的に繰り返し、再び跳ね飛ばされたのです。
 思うに、ロボットであるお嬢様がインテリアを所望されるのは成長と言えますが、一方で「椅子に座れば夢心地である」という固定観念に縛られて、自らの感情を表していない様はバルタザールには耐えられなかったのでしょう。それ故の「亡きお父上のとっておき」であり、真に主として認められない限り、お嬢様はバルタザールに祝福はされないと思われます。

  • 「お猿だわ」「お猿でございます」

 バルタザールがお嬢様を拒絶する理由は、後にお嬢様にシャーデンフロイデ命名されるお猿が中にいたからかもしれません。シャーデンフロイデもまた、お嬢様を成長させる要素として欠かせないものでございますが、しかしゲデヒトニスは彼の事を知っていたのでしょうか?私個人の予想としては、知らなかったのではないかと思います。
 侵入者に対しゲデヒトニスが取った行動は、お嬢様の後ろに回りつつも、お嬢様を守るように足を動かした事です(尤も、お嬢様はそれを意に介さずゲデヒトニスの足をどかせますが)。この一連の動きがあらかじめ仕組まれていたのでは、お嬢様の成長はありえないと思うからです。そして侵入者を排除するのではなく、あくまで対話を試みたお嬢様は、やはり成長なされているのではないでしょうか。名前のパターンを僅か128通りと認識しているようでは、まだ先は長いと思われますが。
 ところで、128と言うと二進数を思い出しますが、「イエスなら一回、ノーなら二回」という問いかけも二進数的な考え方であると言えます。いかに人類を模倣するドロッセルお嬢様といえど、その思考パターンはやはり機械的である事を示しているのでしょう。あるいは、最も基本的な対話はイエスかノーかのいずれかであり、それを再認識する事に意義があるのかもしれません。

  • 「で…………!…………ルールは大事よね」

 このシーンにおけるドロッセルお嬢様の動きは、三話における「でもでも!」と同じです。駄々をこねるようなこの仕草を、今回は自重しました。これもまた、お嬢様の成長なのでしょう。
 しかし、ペット不可というルールをお嬢様はこの後お破りになられます。これは一見すると矛盾しているようでもありますが、思うにプログラムに示された事しか実行できないロボットでありながら、時にはルールを破るぐらいの自由さもあった方が、より人間らしいと考える事はできないでしょうか。尤も、ペット不可のお屋敷にペットを持ち込む等、人間世界でも歓迎されるものではありませんが。
 しかし、何故このお屋敷はペット不可なのでしょうか。あくまでゲデヒトニスが一人で対話する事が大事なのか、作られたルールを破る事に成長を見たいのか、どちらかあるいは両方の意図があるような気がしてなりません。

  • モルフォチョウ

 ドロッセルお嬢様がバッタと所望した際にゲデヒトニスが出したのが蝶でございます。しかしお嬢様はこれを鳥と言いました。「左様でございましょうか」という消極的な受け答えを鑑みるに、ゲデヒトニスは敢えて蝶をお嬢様に出した可能性が高いでしょう。
 何故蝶なのでしょうか。バッタに対しバタフライで応えたのでしょうか。それとも、ゲデヒトニスなりに美しく愛くるしい小動物を探した結果が青い羽を持つモルフォチョウだったのでしょうか。なお、モルフォ蝶と言いますとウルトラQに登場した怪獣でもあり、異界への入り口に対するシンボルを示していました。その幻想的な姿は確かに異界を連想してもおかしくはありませんし、実際にゲデヒトニスの頭の中は異空間に通じているようですので、それを暗に示しているのかもしれません。
 なお、モルフォチョウが青い羽を持つのは雄のみで、雌は地味な色合いなのですが、雄は青く光るものを認識すると同種の雄と思い込み、追い払おうと近づく習性を持っています。青い目を持つお嬢様に近づいたのもそういう理由なのでしょうが、ただ単に光に集まっただけと考えると、モルフォチョウではなく別種の可能性も考えられますね。

  • ドロッセルお嬢様が、本物のドロッセルお嬢様であるのと同じように、この鳥達もまた、本物でございます」

 この作品を端的に現すやり取りでございます。