僕達は痛みを知った子供

 FF7はDisc2の後半まで行きました。クラウドが復活した辺り、つまり、大筋のストーリーは全て回収した辺りですね。今からはちょっと休憩してチョコボ育成をしようかと。
 それで思うのですが、FF7という物語はえらく「子供」が多いですね。一応メインキャラは10代後半から30代なのですが、あんまりそれが感じられません。言動は精神論というよりは幼さが見えますし、若い頃の失敗やトラウマをいつまでも引っ張っているキャラが多いです。そういうのを忘れろとは言いませんが、克服してなさすぎです。
 そして私が強烈に感じたのは、ティファパパが誤解しなかったらFF7の物語は始まらなかったであろうという事です。確かに愛する妻を失った衝撃は大きいでしょうし、その上娘までいなくなったら、冷静に判断できずにクラウドを叱るのは止むを得ない事なのですが、それのおかげでクラウドは歪んでしまって、ティファパパは最後まで疑いっ放しという状況は、なんというか……。狭い村でそういう不信感を抱くのは命取りでしょう。ティファが覚えていればまだ良かったのかもしれませんが、それも無いようですし。ていうか、ティファパパはティファにその日の事を問おうとはしなかったのでしょうか?
 大人は嘘付きではなく、間違いをおかすだけ……なのでしょうが、ティファパパもまた大人として問題を抱えているのでは……と思ってしまいます。尤も、クラウドは「ティファパパに誤解された」よりも「過程はどうあれ、ティファを守れなかった」事に深い罪の意識を持っているのですから、必ずしもティファパパが悪いというわけでもないのですが……。


 そうやって、「子供」が溢れるFF7の物語ですが、私はこういう子供じみたくさい台詞を真顔で言うキャラは正直勘弁してほしくて。特にバレットの馬鹿さ加減とか、お前さん何歳だよと言いたくなります。リーダーに向いてないタイプは何歳でも向いてないでしょうが、一児の父でしょうに。
 でもそんな中では、やはりユフィとケット・シーは好きです。大人と子供という観点で見た場合、ユフィは見たまんま子供で好感が持てますし、ケット・シーは他とちょっと雰囲気が違っていて、普通に社会人だったのが、頑張っている若者に感化された「かつて子供だった大人」のような人間ではないかと。……ケット・シーのお話はまだ全部出ていないので、もう少し変動する気もしますが(結局ストーリーを忘れてます)。
 それと、ヴィンセントも大好きです。ていうか「ヴィンちゃん」って呼んでます。飛空挺での会話とか、カッコつけてるのか天然なのかの絶妙なバランスがたまりません。そして言ってる事は他のキャラと似たようなものなので、それがより面白い化学反応を起こしています。かわいすぎです。戦闘終了時にハンドガンを構えて、クイックドロウを決めたりする仕草でさえも萌えてしまいます。すごくアンバランスなんですね。


 チョコボレースをしていると、またレーシングラグーンを始めたくなってしまいます。しかし、ラグーンは気力を使い過ぎるので、まだ封印しておきます。また気分が落ち込んできたら引っ張り出してみようかと。