世界樹の迷宮小説だったかも「Triferon」004

 前回までのあらすじ。アホ女が大道芸人の一座を結成した。


 わたしはいつもぐるぐるしてます。
 わたしの生まれた街には、おおきい森がありました。みんながそこに入っていくのを、わたしはずっと見つめてました。
 でも、それをずっと見つめてると、だんだんぐるぐるしてきます。入っていく人、帰ってくる人、私はぜんぶ見ていました。なんども入っては出て、入っては出てをくりかえして、なにが楽しいんだろうとか思って、気がついたらぐるぐるしてました。
 わたしがぐるぐるしているのを、みんなは気にしません。みんなぐるぐるでいそがしいからです。わたしもぐるぐるでいそがしい。おたがいにいそがしいから、お話したりはしませんでした。
 でもあるとき、わたしにお話してくる人がいました。
「なにやってるの?おじょうちゃん」
「ぐるぐるしてます」
 それからわたしはこう言いました。
「おにいさんたちは、もうぐるぐるしないんですか?」
 それから、そのおにいさんたちはぐるぐるしなくなりました。
 べつのときは、いつもいっぱいぐるぐるしてたおにいさんたちが、森の入り口でたおれていました。
 いやだ、死にたくない……おにいさんたちは言っていました。きっとおにいさんたちは、まだぐるぐるしたいんだろうと思いました。わたしはおにいさんたちを見ておぼえた「ちりょうのわざ」でおにいさんたちを助けて、お医者さんを呼びました。
 おにいさんたちはわたしにいっぱいいっぱいお礼を言って、もう一回森に入っていきました。でも、こんどは帰ってきませんでした。
 おにいさんたちは、もうぐるぐるしなくなりました。


 わたしはいつもぐるぐるしてます。
 いろんなおにいさんたちやおねえさんたちが、ぐるぐるしにいきます。でも、いつかぐるぐるは終わります。森から帰ってこないか、森にやってこないか。どんな人たちも、そうやってぐるぐるをやめていきました。
 わたしには、おにいさんたちやおねえさんたちがぐるぐるをやめるときが分かります。だって、やめるときにはかならずわたしとお話するんだもの。
「いつも見とどけてくれてありがとう。行ってくるよ」
「そろそろ『いんたい』しようかと思うんだ」
 そんなおにいさんたちやおねえさんたちに、わたしはぐるぐるしながら、にっこりと笑ってこう言います。
「これからもがんばってね」
 きっと、この言葉もぐるぐるしてるんだと思います。
 あるおにいさんは、いつもぐるぐるを見てるわたしを「しにがみ」と言いました。どういういみなのかよく分からないけど、名前で呼ばれるのはうれしいです。だって、わたしにもちゃんと名前があるのに、わたしの名前を聞いてくるおにいさんたちやおねえさんたちはいませんでしたから。
 きっとおにいさんたちやおねえさんたちにとって、ぐるぐるしてるわたしは、わたしにとってのわたしとはちがうんだと思います。「しにがみ」の方がぴったりなら、ぐるぐるしてるわたしは「しにがみ」でいいと思いました。
 わたしはいつもぐるぐるしてました。


 でもあるとき、ぐるぐるしてないぐるぐるしてる人がいました。
 その人は街からやってきて、あっちに行ったりこっちに行ったり、おなじところをなんどもぐるぐるしてました。今まで見たことない人です。やさしそうな顔をしてて、りっぱな「よろい」がなんだか「ふつりあい」です。
 その人はわたしのところにやってくると言いました。
「あの、『さかば』はどこでしょうか?」
 「さかば」というのは、おにいさんたちやおねえさんたちがいつも「クエスト」を受けたり「かいぎ」したりするところです。わたしは行ったことありませんが、なんどもお話してるのを聞いてたので知ってました。
「あっちです」
「ありがとうございます、お嬢さん」
 「お嬢さん」だってー。えへへ。わたしはすっごくうれしくなりました。
 でもしばらくすると、その人は戻ってきました。すごくしょんぼりしてます。なんだか、おこられたときの子どもみたい。
「あの……、もう一度教えてくれませんか?」
 たぶんこの人も、ぐるぐるしてる人たちといっしょの「ぼうけんしゃ」さんなんだろうけど、なんだかちょっと不安になりました。
「じゃあ、わたしがあんないしますよ」
 もう、しょうがないなあ。この「お嬢さん」にまかせなさい。
「あ、ありがとうございます、お嬢さん。……お名前は?」
「『しにがみ』です」
 すると、その人はいやな顔をしました。なにかわるいこと言っちゃったのかな?
「それは、本当の名前ですか?」
「ぐるぐるしてるわたしは『しにがみ』です」
「……じゃあ、ぐるぐるしていないときは?」
「A・Yです」
 わたしも変わった名前だと思います。でも、だれからも呼ばれたことがありませんから、本当に変わってるのかどうか、ちょっと分かりません。
 その人はわたしの前にしゃがむと、にっこりと笑いました。今まで見た中で、いちばんうれしくなる笑いでした。
「では、道あんないおねがいします、A・Yさん」
 なんだか、「お嬢さん」って呼ばれたときより、もっとうれしくなりました。わたしはその人の手をにぎると、「さかば」に歩いていきました。
 このときからわたしは、ぐるぐるしなくなりました。
 ちがうぐるぐるの人と一緒に、いつもわたしが見てたぐるぐるの人になったのです。
 「しにがみ」じゃなく、「A・Y」として。




 今度は電波か、という感じのA・Yです。メディック女(ちっこい方)です。不思議生命体ではなく、れっきとした人間です。A・Yもイニシャルじゃなく、ちゃんと本名です(昨日に引き続き、「アルファベットを名前に入れよう」計画の一環です)。キャラ紹介はちょっと今回はパスで。
 次回はようやく話が動くと思います。