アニメ考察、「ち、違うんだこれは!わざとじゃなくて……」編

 ギャルゲーとか、ギャルゲー原作アニメとか、ラブコメとかによくありますよね。「部屋で二人っきりでいたら何かにつまづいて押し倒すような格好になってしまい、そこに部外者が現れてあらぬ疑いをかけられたり誤解されたりする」というシチュエーション。これは周囲に二人の関係を知らしめると同時に、二人がお互いの関係を意識(再認識)するきっかけをも作れ、しかもそれは「偶然」によって引き起こされるので、どんなタイミングで仕込んでも問題は無いという素晴らしいフラグであります。
 しかし、実際問題として、つまづいて押し倒すような格好になるって有り得るんでしょうかね?結構難しい上に、色々と問題を抱えてるパターンだと思うのですよ。
 私はその手のシチュエーションを観る度に「女の子にしてみれば、いきなり男が突っ込んできたんだから貞操の危機以前に恐いだろうな〜」とか「勢いで胸を揉まなかったのは偉いと思うけど、下手すると両腕が砕けるんじゃないかな〜」とか「そもそも似たようなシチュエーションばっかりで飽きた」とか思ってます。特に最後のは切実です。その手のものを幾つか観慣れると「ああ、ここでこけてフラグが立つんだな」と先が読めるようになってしまい、本来そのシチュエーションが持つべき「偶然の面白さ」を失ってしまうからです。「偶然」を「脚本の逃げ道」に使われてはたまったものではありません。


 まあそれはそれとして、このシチュエーションの現実性について考えてみます。なお、こけるのは男性で押し倒されるのは女性として考えています。ほとんどそのパターンなので。
 まず、男性が何かにつまづいてこけます。何かに服が引っ掛かるとかそんなのでも良いでしょう。それ以前のシチュエーションで形成された周囲のオブジェクトが、都合良く二人の間に散らばる事によって第一段階は完成します。まあこの程度で文句を言うつもりはありませんが、いつの時代も男はあわてんぼうさんですね。
 こけるまでの展開についてはいろいろあるでしょうが、一般的なパターンとしては「何かの理由で女性を怒らせてしまい、男性が収めようとして行動を起こし〜(もしくは怒らせないように行動を起こす。エロ本を隠そうとして焦ったりとかです)」「二人で作業をしていたら、道具がどこかに行ってしまいゴチャゴチャ探す間に〜」等でしょうか。若い男女が二人っきりでやる事と言ったら、痴情のもつれか共同作業でしょうからね。後者の場合、「片付けをしていたら道具が落ちてきて、それから女性を守る為に〜」という派生型がありますが、これは普通に男性の好感度アップな行動で「偶然」ではありません。
 それでこけるわけですが、ここからが問題。女性との距離が遠い程、前方への運動量が必要になるのです。しかも単純に考えて、こけるという事は足元を軸にした前方への回転運動(あるいは緩やかな放物線運動)なわけですから、かなり絶妙な勢いが必要なのです。一歩タイミングを間違うと、押し倒したら顔がこんなに近く……の筈が胸へダイビングしてしまったり、逆に女性に対し汗臭い胸板を晒す事になってしまいます(ギャグ傾向の強い作品ならそれでも良いのですが)。もっとずれると更に悲惨な事になります。
 まあ多少はずれても問題は無いのかもしれませんが、実際のところ、こけて女性を押し倒すという運動ができるのでしょうか?上で「緩やかな放物線」とは書きましたが、冷静に考えてこけて飛び上がる可能性はかなり低いので、どうすれば女性を押し倒せるのか見当も付きません。あらかじめ女性だけが座っているなどで高さに差が無いと、「押し倒す」ではなく「突っ込む」「目の前でこける」になってしまうでしょう。偶然押し倒すには、少なくとも高さの面で必然がいるようです。
 更にもう一つ問題として、男性はこけるだけで良いのですが、受ける側の女性はどういうアクションを起こせば良いのでしょう。か弱い女性なら、突然迫ってくる男性に対して体を縮めて固まってしまうかもしれません。そうなると「押し倒す」以前に「体当たり」になってしまいます。後に入ってきた部外者に対しても、色気の面で誤解される事は無いでしょうが、純粋に暴力で訴えられる可能性があります。
 多少反射神経の良い女性なら避けるかもしれません。しかし、それはどこに?横に逃げれば良いのでしょうか?体を伏せてやり過ごすべきでしょうか?これはこける直前の女性の姿勢にも大きく関わってきますが、「押し倒す」を再現する為に、迫ってくる相手に対して後ろに下がるという選択肢は少ないように思います。というか、男性はやや上方から斜めに突っ込んでくるわけですから、避けようと思ってもよけられませんね。下手に避けたら逆に怪我します。となると……、やはり「体当たり」になってしまうのでしょうか。
 ならば逆転の発想で、当たる面積を最小にして波紋防御男性を突き飛ばして身を守るのが適切かもしれません。相手は体格で優るのですが、こける体勢は非常に不安定なので、非力な女性でも対応はできます。少なくとも打点をずらす事はできそうなので、「押し倒し」からは逃れられるでしょう。……って、女性側の対策の話じゃなくて、「押し倒しが有り得るか」の考察でしたね。
 ともかく、女性が無傷で「優しく押し倒す」可能性はかなり低いというのがここまでの見解です。これが成功すれば、なるほど確かに女性の心臓はバクバクでしょう。自分より大きな体がいきなり迫ってきて、しかも直前で止まるのですから。吊り橋効果で恋にも落ちますよ。
 しかし、女性はそれで良いのですが、男性側はそうもいかないと思います。女性が迫る男性の体に恐怖を覚えるのと同じぐらいには、自分の体は重いのです。ただ道端でこけるだけなら格好は悪くとも「上手いコケ方」があるわけですが、目の前に女性がいると迂闊に受身も取れないのです。大抵の場合、女性の体の外側に両腕をついて全身を支える格好になるしかありません。
 これは正直、かなり辛いです。というか痛いです。直立不動の姿勢から予備動作無しで前方に倒れこみ、腕立て伏せの姿勢で止まれと言われたら、恐怖もあるでしょうが両腕への負担がかかりすぎます。弱い人は一日腕が駄目になるかもしれません。しかもこのシチュエーションでは女性の体に触ったらアウトなので、肘で衝撃を殺す事すらままなりません。
 尤も、火事場のクソ力という言葉があります。「目の前の女の子を泣かせてはならない」と飛び出してずっこけたようなアホウなら、直前のギリギリで踏みとどまる事も可能でしょう(ならコケるなという意見があるのですがね……)。ですが所詮は己の力。目の前の女の子への思い(=こける時の勢い)が強ければ強い程、そのダメージは自分の両腕に返ってくるのです。腕が折れやしないでしょうか。
 しかし、このシチュエーションに欠かせない小道具として、「自室で話し合っている場合、女性はベッドに座っている」があります。ラブコメの世界はレディを丁重に扱うものですから(もしくはレディが丁重に扱ってもらいたがりなものですから)、男は床とか椅子で、女はベッドに腰掛けるのが一般的でしょう。これならば男は飛び出しやすいですし、逆に女性は逃げにくく(ふかふかのベッドからは立ち上がりにくい)、しかもベッドのクッションを利用して男性の衝撃も吸収する事ができるのです。加えて「ベッドで押し倒す」という、見た目的にもこうかはばつぐんだ!


 そんなわけで、限定的になら「押し倒し」は成立すると思われます。……逆に言えば、そのぐらい限定的な状況でないと成立しなくて、どっちかが痛い目を見るわけですけどね。一番ひどいのは、女性は体当たりされて気絶(顔をぶつけたら鼻血も出るかも)、男性は気絶した女性を潰すまいとして両腕を変な方向に捻ったりして痛めるという感じですか。そっちの方が可能性が高い気もします。


 ところで、この「押し倒し」の話、こうやって纏めたのはつい先日の話なのですが、実を言うと十年ぐらい前から考えていました。
 それは、偶然観たアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」です。確か碇シンジ君が綾波レイさんを押し倒すシーンがありましたよね。しかもうっかり胸を揉んじゃって嬉し恥ずかしというより情けないシチュエーションなわけですが、あの時の平然とした綾波さんの顔が忘れられないのです(とは言いますが、結構うろ覚えです)。あの勢いで胸を揉まれたら「痛い」じゃ済まないだろうに、と。下手をすると肋骨が逝っていたんじゃないかとすら思います。
 心臓マッサージだって力加減を間違えればやばいと言いますし、なんでもかんでも「偶然」で片付けるのは危ないんじゃないかなーと、自分とはおよそ縁の無い世界へ苦言を申す私。


 一生に一度ぐらいは、馬鹿馬鹿しいラブコメって体験してみたいですよね。現実はいつもどろどろで、面白みなんて全然ありゃしません。