突発、世界樹のなんか002話

 前回までのあらすじ。「俺達の冒険は、まだ始まってない!」


 ハイ・ラガード公国が見えてきてから、既に三日ほど経った。にもかかわらず、私達はまだ城下町に辿り着けてすらいない。どこまでが国の領地かは知らないけど、あの「世界樹」なる巨木は、とにかく遠くから見える。
「その辺の地面を整地して『世界樹の見える丘公園』とか売り出したら稼げそうだよね」
 意味分からん。
 ぼちぼち街道沿いが賑わってきたから、そこそこ近いんだろう。国の規模がどの程度かは分からないけど、旅人もちらほら。私達はその辺の茶屋で休憩がてら、国の様子を聞く事にした。
「あんたらは見たところ足腰しっかりしてそうだし、あと二日ぐらいで着けると思うよ」
「普通の旅人だったら?」
「五日ぐらいかな」
 周辺はちょっとした森林地帯で、歩く分には不便は無いが、夕方頃から野獣が動き出すから危険なんだそうだ。確かに、この森には生き物の気配が多い。ずっとエトリアに潜っていたからあんまり気にならなかったけど、なるほど、一般人は注意するべきかもね。
 茶屋の主人は街にはほとんど行った事が無いらしく、全て森林で自給自足しているそうだ。出された怪しげな匂いの液体も、樹液やら獣の血やらが混じっているらしく、呆れるほど不味い癖に元気が出る。制作工程を見せてもらったが、呪術的な儀式に見えない。
「おじさん、呪術師?」
「ああ。街から来るヤツは『ドクトルマグス』と呼ぶ」
 どうも、ここで商売をしているのは宗教的な理由があるようだ。自給自足ができるから店を出す必要は無いんだけど、ほどほどに人に奉仕するのが教義的によろしいんだとか。そんなわけで、サービスの割には料金は安かった。
 ハイ・ラガードでは冒険者の管理がかなり徹底されているらしく、主人も一応領地内に住んでおり、冒険者の技術を身に付けているので、冒険者として登録されているそうだ。古ぼけた許可証を見せてくれた。通常なら簡単なプロフィールや技能が書かれているそれは、貰った時から更新されていないのだろう、「専門技能:呪術」としか書かれていなかった。
「ドクトルマグスってのは、何ができるの?」
「……冒険者ならば、カースメーカーを知ってるか?」
 カースメーカー。エトリアではほとんど廃れていたけど、一応何人かいた。「言葉」を「呪い」に変換して、相手の肉体に影響を及ぼす技能集団だ。要は「お前は風邪だ」と囁くことで本当に風邪を引かせるという、ある種の人達には喉から手が出るほど欲しいであろう、暗〜い人達だわね。うちのギルドにいたのは全然そんな感じじゃなかったけど……。
「あやつらは自分の『言葉』だけで呪いをかけるが、我々は違う。自らの肉体や道具、更には周囲の精霊に呼びかけて影響を及ぼす」
「……疑うわけじゃないけど、精霊ってのは私にはよく分からないね」
「私の歌に近いもんだよ。姐さんの鞭に属性を持たせるのも、精霊の力をちょっと借りてるようなもんだから」
 分かったような、分からないような……。フィールの歌には何度と無く救われてるから、納得はできたけど。
「そうだ。我々にとって、歌は儀式に欠かせない。元々、神や精霊に呼びかける言語として歌は生まれたのだ。それは我々の使う言葉と同じ体系を持ちながら、音程や長短を変えることで新たな意味を持つのだ」
「なるほど……。じゃあその精霊への呼びかけで何ができるんで?」
「カースメーカーのようなネガティブな呪いをかけることもできるが……、自らの肉体を強化したり、武器に呪いをかけて切れ味を倍加させるのが通常の使い方だ。あるいは、元々なんらかの傷を負っている相手の症状を悪化させるのも、戦闘技能という点では使われる。ただし、矢鱈に相手そのものを呪う事は教義に反する」
 言うと、主人は立掛けてあった小振りの包丁を手に取り胸元に置くと、私には聞き取れない言葉を呟いた。そして包丁を一振りすると、街道の向こう側の木の枝が斬り落とされた。
「これは少々変則的な使い方だが、道具に『呪いを乗せる』事で、攻守様々な応用が効くように修行している。故に我々は部族の間での役割分担が明確ではない。医術を得意とする者でも戦いに参加できる実力を持つ」
「自らの肉体を鍛えるのも、教義のようなもの?」
「そうだ。人とは違う力を持つ精霊と共に生きるならば、我々も人とは違う姿である必要がある。自らの肉体を鍛えることで、精霊の生きる世界へと近づくのだ」
 要は人間離れしろという事で、やってる事はカースメーカーと変わらないみたいだ。あっちは自分の言葉だけで呪いを発するから、人間離れしてるのは当然ともいえるけど、ドクトルマグスは「自然への敬意」を含めて修行してる。人間であることを捨ててないように見えて、自然と一体化しようと頑張ってる姿は、やっぱり人間離れだよね。


 一応、今回の目的の一つである「呪術師」には会うことができたので満足して出発したけど、やっぱり私の気分は晴れない。なんというか、結局人間ってああなっちゃうのかねえ。
 私はフィールを見た。こいつも精霊の力を借りた技能を持つわけだ。今まで大して気にしなかったけど、改めて思うとえらく気味の悪い存在に見えた。
「あたしは違うよ?精霊は偉いやつらだけど、崇めたりはしてない。力を借りるときも、暇人から呼びかけるようにしてるし」
 フィールは私の視線の意味を感じ取ったのだろう、いつも通りの軽い口調で私の疑問に答えた。しかし、精霊の見えない私には「暇人」がいるのかどうかさっぱり分からない。
「ていうか、精霊って何?」
「楽しい人達、なんだけど、変なやつら」
「変な奴らって?」
「んー……、例えば歌ってる時にやけに気分が良くなったりするじゃん。あれって自分で舞い上がってるのもあるんだけど、その辺にいた精霊がギャラリーになって盛り上げてくれてる場合もあるのよ」
「ははあ……」
 一人で歌ってる人は危ない人みたいだと前々からちょっと思ってたけど、そうでもなかったという事、だろうか。いや、逆にもっと危ないのかも……。
「そういう時にあたしは言うのよ、勿論歌で。『本日はヘッタクソな演奏を聴いてくだすってありがとうございます。いえ、あたしはご覧の通りの風来坊でございますから、道々の人様から金をせびろう等という気は毛頭ありゃしません。その代わりと言っちゃあなんですが、今度あたしが迷宮で敵に立ちはだかった時には、影ながら応援してやってくださいな。それであたしが生き残れば、またヘッタクソな演奏を聴いてもらう機会も生まれるやもしれません』って。そうやって知名度上げたり恩を売ったりしておくと、イザという時に助けてくれるのよ。これが私の歌の仕組み」
 なんという人脈……。精霊の事は相変わらず分からなかったけど、ここまで馬鹿馬鹿しく解説されると、「よく分からん」と悩んでいた私がどうでもよくなった。


 その日の晩、突然襲い掛かってきた猪を張り倒して胃袋に収めた私は、目を閉じて耳をすませてみた。あの一瞬の攻防でも、精霊は私達を応援していたのだろうか、と。
 あと、「イノシシおいしかった音頭」を歌おうとしたフィールの口元を、いつもの癖で縛り倒したが、歌わせた方が良かったんだろうか。