突発的世界樹の何か003話

 前回までのあらすじ。「そろそろ街に入りたい……」


「すみません……」
 突然の声に、私は飛び起きた。
 周囲はまだ暗く、空気は冷たい。体感時間で言えば、夜中の二時ぐらい。
 私に呼びかけたのは、私と同じ旅人の青年だった。使い込まれているが丈夫そうな服に身を包み、武器の類は持っていない。……私は相手に見えない位置で鞭を握ると、多少寝ぼけた表情で会話を促した。
「申し訳ありませんが……、お金を貸していただけませんか……?」
「はあ……」
 寝起きで頭が働いていないフリをしながら、更に周囲の状況を確認する。昨日屠った猪はまだ残ってるし、傍らで縛られてるフィールはいつも通りの様子。とりあえず、悪意は無さそうだが……、寝ていたとはいえ、私やフィールに気づかれずに話しかけるというのは結構な技の持ち主だよね。
「僕はハイ・ラガードで冒険者をやっていたのですが、詐欺にあってしまいまして……」
「……どんな詐欺ですか?」
 そんな馬鹿馬鹿しい質問をしたのは、頭が働いていないポーズでもあり、純粋な興味でもあった。冒険者というのが本当かどうかは分からないが、実力は低くなさそうだし、そんなヤツを騙せる手口があるなら知りたいものだ。
「故郷の家族が危篤で、お金を送らなければと知らせが来まして……、それで指定されたところに送ったんですが、その後の連絡が全く無くて……」
 なるほど、騙りというヤツだ。出稼ぎに出てる場合とか、そういうのに引っかかっちゃう人は多いらしい。
 確か、あの田舎貴族のロウタのところにも一回来た事があった。その時あいつは何て言ったんだっけな。……そう、「もし故郷が危ないならば、私はこの土地で新たな代を築かなければなりません」だ。故郷に金を送るようなことはせず、自分の稼ぎを増やすようになった。要は、騙されながらも回避したんだった。天然の勝利だわね。
 まあ、それはともかく。
「それで、当面の生活費だけでも貸していただけないかと……」
「ご家族に相談はしたんですか?」
「いえ、それが……。僕の家族は既に他界しておりまして……」
 ああ、そりゃあ悪い事を聞いちゃいましたね。……そんな言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「どういう意味?」
「いえ、ですからそのままです。母は僕を産んで間も無く……。僕を育ててくれた父も、数年前に亡くなりました。身寄りも無かった僕はそれで冒険を始めたんです」
 こいつ、本物の馬鹿だ。
「フィール、なんか言ってやって」
「あんたバカァ?」
 うん、実にストレートだ。ていうか、冗談のつもりで振ったんだけど、起きてたんだ。
「あの、どういう意味でしょう……?」
「なんで、死んだはずの家族が危篤で、あんたは金を送るの?」
「え?……家族が危篤なら、助けるのは当然じゃないですか……」
 私は久しぶりに、フィール以外の冒険者を縛り倒した。密かに構えてた鞭を、まさかツッコミに使うとは思わなかったよ。


「すみません、僕が馬鹿でした……」
 その青年、「ヤルディム」が自己矛盾に気づいたのは、私が縛り倒して四半刻ほど経ってからの事だった。どうやら相当家族への想い入れが強いらしく、冷静な判断ができなくなっていたようだ。一応「詐欺にあったフリで金をせびる」の方向性かもしれないと警戒していたけど、とにかく馬鹿正直なこいつにはそんな度胸があるようには思えなかった。
「あのね、冒険者ってのはこれでも厳しい業界なの。騙された場合は、普通なら自業自得ってヤツ。同情の余地は無いの。でもアンタの場合は論外。同情以前。冒険者どころか、旅すらむいてないわ」
「すみません……」
「ところで、いくらぐらい借りるつもりだったの?」
「七日程で、200enを。それ以降は、補助金があるので」
 馬鹿すぎる……。
 ……確かに、七日ほど生活しようと思ったら、物価によってはそのぐらい必要かもしれない。しかし、冒険者なら200は自力で稼げるレベルだ。「補助金」なる制度が私には分からなかったが、暫く我慢すれば金が入ると分かっていて生活費をせびるというのは、根性が無いのかあるのか……。少なくとも、度胸はありそうだが。
 正直、対処に困った。加害者なら問答無用で張り倒すし、被害者なら持ち合わせを分けてやる事も考えるが、こいつはどっちでもない。いや、どっちにもなれない。ただのアホだ。
 私はフィールの方を見た。縛りを解かれたフィールはヤルディムの格好を興味深げに見ている。とりわけ、背中に背負った鉄の筒に視線を送っている。
「兄さん、銃使い?」
「はい、まだ新米ですけど……」
「銃?」
 銃とは、どうやら鉄の筒の事を指しているようだが……、何の道具だろうか。槍にするには短いし、杖にしては装飾が無機質だ。第一、中心に穴が空いているから、強度に問題があるだろう。
「ペパラー、吹き矢って知ってる?」
「そりゃ知ってるよ。吹いた事は無いけど」
「銃ってのは、吹き矢の親玉みたいなもん。爆発する薬をこの筒の中に詰めて、その勢いで金属の弾を飛ばすのよ。それで、遠くを撃つ道具」
「ハイ・ラガード以外ではあまり見られないもののようです。僕は昔から使っていましたが……」
 ああ、これが「弓矢も錬金術も使わずに遠くの目標を撃つ道具」という事かな?となると、俄然興味が湧いてきた。
「ねえ、ちょっとやってみてよ」
「え?」
 私は鞭の拘束を解いた。ヤルディムは拍子抜けしているが、私が興味津々といった顔を見せる事で悟ったようだ。背負っていたものを両手に構えると、朝焼けの近い森林に向けた。数回の呼吸音と共に、周囲の空気が研ぎ澄まされていく。
 バァン!
 ……音が出るのかよ!ちょっとびっくりしたよ!
 森の中の生き物が騒ぐ中、一つだけ一直線に落ちるものがあった。鷹だ。「銃」の弾に頭を撃ち抜かれた鷹が、私の寝床の十歩ほど先に落ちてきた。
 私は鷹の屍骸を拾い上げた。脳天から血を流しているそれは、確かに槍で刺されたかのような傷があった。傷は反対側には突き抜けてはいない。私がナイフで鷹の頭を割こうとすると、骨とは違う、金属のようなものに当たった。掘り返してみると、確かに金属の弾だった。
 あの筒から飛び出たものが、一瞬にして鷹の頭を射抜いたのだ。弓矢よりも速く、それでいて小さい。もし私に向けられたら、鞭ではかわせないかもしれない。
 ヤルディムは私ではなく、空に向けて銃を持っている。どうやらあれが基本スタイルのようだ。他の武器と同じように、誤って人を撃たぬようにするのだろう。
 私にはその姿が、えらく頼もしく見えた。何者をも撃ち抜く鋭さと、決して力を暴走させない冷静さ、冒険者としては当たり前の心得ではあるが、「銃」には他の武器とは違う魅力が感じられたのだ。
「気に入った」
「え?」
「騙されたんでしょ?街まで一緒に行こう。それで詐欺師を張り倒そう」
「でも……、もうあの街にはいないかもしれませんよ?」
「噂ぐらいは引っかかるだろうさ。それに私達は結構暇なんだ。銃使いの技術も、もう少し見てみたい」
 ヤルディムは困惑しているようだった。……当たり前だが。我ながら唐突なお誘いだ。
 しかし、銃使いを見てみたいのは本当だし、私に気づかれずに近づいた技能は興味深い。何よりも、アホみたいなお人好しをちょっと懐かしく思ったのだ(いや、こいつは「お人好しみたいなアホ」だが……)。……あいつは、今どこで何をしてるんだろうな。


 私とフィールはヤルディムを囲んで、先程の鷹と猪の残りを朝食にした。頑張れば、今日中にはハイ・ラガードに着けるだろう。