突発世界樹007話

 最近のサイクル。
 日記を書く。でも二日分は書けない。しょうがないから週末に埋め合わせする。
 映画レビューが四件ほど溜まってます。観たけど書いてないのを合わせると10を越えるんですがね……。


 宿に戻ると、フィールとカンタールの二人も戻っていた。時間は昼過ぎだが、私達も含め食事前だったので、宿のおばちゃんに簡単な料理を頼み、一息つく。
「なんかボロボロになってるねえ」
 私はギルドでのやり取りとヤルディム君との模擬戦を簡単に話した。
「久しぶりに本気だしたわ……。おかげで加減し損なった」
「僕、そんなに強いんですか?」
 彼はまだ疑っているようだが、エトリアでも一、二の実力と呼ばれた(たしか、たぶん……)私を、初見というハンデとはいえあそこまで追い詰めたんだから、強さは保障して良いだろう。
 だが、精神面はまだまだのようだ。自分の実力を知る者は、それだけでちょっとした強さになる。だがヤルディム君は弱気ではないものの、そういう話とは無縁の世界で生きていたようで……、いざ勝負となると負ける要因になりうる。カンタールのアホがつけこんだのも、その辺の事情があるんだろう。
「今日みたいに血生臭いのはやらなくていいけど、もうちょっと他人と手合わせする機会を設けた方が良いかな。魔物とは違う感触を知っておく必要があるよ」
「はあ、分かりました」
「んで、そっちの収穫は?」
 フィール達には街中で情報収集を頼んでいた。かつての仲間であるとか、そういう噂が聞けたら万々歳だ。
「今んところは無いね。ただ、幾つか面白そうなギルドの名前が聞けたよ」
「そういう話は俺にお任せを」
 カンタールは少し前から街にいたので、多少の情報は持っている。「ここぐらいしか俺の出番が無い」とでも言わんばかりの勢いで喋りだした。
 樹海に挑戦しているギルドは数多くあれど、特に強力なのが二組。フロー……なんとかというパラディンが率いる「ベオウルフ」と、近隣の出身で呪術師と銃使いばかりで構成された「エスバット」だそうだ。特にベオウルフは特殊で、凶暴な獣を飼いならして仲間としているとの事。そっちの噂に気を取られて名前を覚えるのを忘れたらしい。可哀想に、フロー……なんとかさん。
 そして、「Triferon」も結構な割合で名前を聞いたらしい。噂が一人歩きして「街に着くなり泥棒を一人成敗した」だとか「素性は問わず、強ければ犯罪者でも歓迎する」だとか「リーダーの女は毎晩若い男を食ってる」だとか「実は既に深層に登ってる」だとか「大規模に新人募集をしてる」とか「普段はバラバラに活動しているからどこにいるか分からない」とか「訓練場で新人を蹴り殺した」とかなんとか。酒場にいなかった人達はフィール達の顔も知らないわけで、勝手な噂ばかりしていた。微妙に真実を含むのが、噂の恐ろしいところだよねえ。
「新人募集はするんですか?」
「うーん、そこは難しいところだけど……、ヤルディム君、呪術師の知り合いはいる?」
「僕にはいないですね……。ドクトルマグスを参加させるんですか?」
「うん、地元故のアドバンテージという奴かな。後は個人的興味」
「あたしも興味あるー」
「そういや、エスバットのリーダーもドクトルマグスなんすけど、結構可愛い子らしいんですよねー」
「お前の話は聞いてない」
「あ、勿論姐さんが一番美人ですよ!?ただホラ、美人は三日で飽きるっていうか……」
「じゃあとっとと荷物まとめて故郷に帰ったら?お前にも家族がいるんだろう?」
「俺の家族は、姐さんとTriferonだけです!」
 そんなこんだでくだらんやり取りをしながら、私達は腹を満たしていった。


 休憩後、フィールとカンタールをギルドに寄越して手続きをさせている間、私達は酒場に顔を出した。こちらでもやはり噂は聞ける……が、私達がカンタールを張り倒した噂も同時に持ち上がっている。そこで当事者登場となれば、そりゃあ皆さん一歩引いた視線で見守ってくださる。ありがたいなあ、ちくしょう。
「おっちゃーん、暇そうなドクトルマグス知らなーい?」
 空気がアレなので、他人に聞くのが面倒になった私は主人に直接尋ねた。主人は私の顔を見てぎょっとしていたが、知ったこっちゃない。こちとらお客様でい。
「そういうのはギルドに聞いた方が良いんじゃねえのか?」
「そっちは友達がやってくれてるし。それにほら、隠れた新人ってのは得てしてこういうところにいたりいなかったり」
 我ながら適当な事を言ってるなあ……。
 ちなみに私達は、誰でも良いというわけではない。強ければ万事オッケーではあるものの、さすがに下心のある奴はお断りである。知名度があるとこの辺が不便な話で、腰巾着目当ての奴も少なからず寄ってくるだろう。あーやだやだ。
「ドクトルマグスねえ……、そういう奴らは樹海にいるんじゃねえか?樹海の植物とか、あいつらには結構な研究対象らしいしよ」
「なるほど……。じゃあ、ついでに一つだけ頼みごとをしたいんだけど」
「なんだ?また厄介ごとか?」
「まあそんなようなもんなんだけど……。『死神』の噂を聞いたら、私に教えて」
『死神?』
 ヤルディム君とおっちゃんの声がはもった。確かに、聞いただけじゃ分からんわな。
「そういうあだ名の奴がいるのよ。こんくらいのちっこいので(私の腰よりちょい上、だったかな?)、目の前で指をぐるぐるさせたらいつまでも指を追っちゃうような天然」
「よく分からんが……分かったよ。ただ、教えるだけだぞ。捕まえたりするのはごめんだからな」
「それで十分」
 それだけ言うと、私はおっちゃんから視線を外し、周囲を見渡した。「Triferon」と「死神」にどういう関係があるのか興味を持っていたようだが、私と目が合いそうになるとたちまち逸らす。……だめだこりゃ。新人発掘なんてできそうもないな。
「暇になっちゃったね。……探索は明日からのつもりだし」
「それじゃあ、他の施設に行っておきますか?薬泉院とか、交易所とかありますよ」
「そりゃ良いなあ」
 ヤルディム君は私から離れたりしないよね。良い子だ、本当。


 薬泉院にやってきて見学希望を伝えると、治療士の代表を名乗る兄ちゃんが案内してくれた。
「新人の冒険者ですか?」
「まあ、そのようなもので」
「まあ、そのようなものです」
「?……そうですか」
 少し不思議な顔をしてから、兄ちゃんは施設の中を案内してくれた。
 まずは通常の治療室。薬や基礎術式では直せない重傷を負った場合、もしくは重度の麻痺「石化」に侵された時にお世話になるようだ。ちなみに料金は冒険者殿の実力に比例との事。あはは、上手い商売だわ。強い奴は医者にかかるなってか。
 研究室と実験室。新薬の開発であるとか、樹海の環境を調査する役割も負っているらしく、下手な研究所よりも大掛かりな設備があるようだ。でも私にはさっぱり。ヤルディム君にもさっぱり。
「人の手に負えないと思える巨大な樹海ですが、実は日々環境が変化しています。例として、新種の魔物等も確認されておりまして……、そういった生物が樹海に良い影響を及ぼすとは限らないのです。あなた方も新種を発見したら公宮に報告してください。公宮の資料とこちらの設備で調査し、私達や樹海とどのような関係を持つのか調べなければなりません」
「……そうして、樹海を調査する事の意味は?」
「難しい質問ですね。いろいろな意味があって、一概には言えません。ただ、私達にとって樹海とは生まれた時から傍にありましたから、それが何故変わっていくのか分からないのは恐怖です。また、樹海には敵わないまでも、知っておく事で得られるものも多いんですよ。例えば、ある日突然樹海が枯れたとしたら、棲み処を失くした魔物が街に入り込んでしまうかもしれませんが、実際にはそうではないかもしれませんし、樹海が枯れるとしたらその要因は何か?未然に防ぐことはできないか?そういった意味を知るためにも……」
「ちょっとトイレ行ってきます」
「はい、トイレは突き当たりを左に行って三つ目の扉です」
 この男、話が長い。その上で順応力も高いな。突然のトイレにも難なく対応してみせた。
 ……あ、ヤルディム君忘れた。あの子、絶対話聞いちゃうだろうなあ。
 戻ってくると、ヤルディム君はまだ聞いていた。ちょっとだけこちらを睨んでいた気もする。ごめんなさい。
「……トイレとは生理現象ですから。医者として、生理現象には常に敏感でなくてはいけませんし、他人の生理現象を引き止めるわけにはいきません。そもそも排泄という行為は……」
 話変わってるし。
 クソ長い話をなんとかスルーして(鞭が出そうになったのをヤルディム君に止められた)、入り口まで帰ってこれた。兄ちゃんは長い話を謝罪すると、私達に忠告をしてくれた。
「あなた方冒険者にとっては欠かせない治療の施設ですが、一般の人も多数いらっしゃいます。訪れる際には緊急を要するでしょうが、どうかあまり他人を刺激するような格好ではこないでください。例えば血まみれでこられると、気の弱い人は気絶してしまいます」
「それは、ここのルール?」
「いえ、私からのお願いです」
 なるほど、やはり良い人だ。怪我や病気に侵された「弱者」の立場を考えている。冒険者も怪我をすれば同じだけど、「生きる力」は普通の人より強いからね。
「ところで、私の格好は刺激的?」
 何気無く尋ねてみた。兄ちゃんは私の、冒険者にしては派手な革の服をたっぷり十秒吟味した後、
「できれば、コートか何かを羽織ってきてください」
 と言った。
 ちなみに、今日もコートはちゃんと着てるよ。兄ちゃんの前でちょっと見せてみただけだ。


 続いて顔を出したのはシトト交易所。もう夕方になっており、冒険を終えたギルドが何組か店に来ていた。樹海で回収した素材を売り、その金で新たな武器を買っていく。
 その店を切り盛りする看板娘は、太い眉とりんごのようなほっぺに向日葵の髪飾りが特徴的で、なんというかこの世の「可愛さ」を凝縮したような娘だった。私はこっちの路線じゃないか、女としてちょいと嫉妬する。どんな強面の客にも「いらっしゃいませ!」と「ありがとうございました!」と挨拶する姿がまた献身的で、しかも営業スマイルではなく、本心から言っていると感じ取れる。
「可愛いね……」
「可愛いですよね……」
 何気無く呟いた私にヤルディム君が同意するが、フィールが言ってた「慈しむ目(田丸浩史風)」みたいになってるのがちょっと怪しい。うーん、まあ冒険者としては、こういうマスコット風の子が良いのかもなあ。看板娘というポジションもおいしいしなあ。
 そうこうやってるうちに客がはけたので、軽く見学してみる。武具の品揃えは……正直イマイチ。恐らく、深いところまでの探索が上手くいっていないのだろう。エトリアでも浅めのところで手に入った素材と同じようなものがが元になってるのが見て取れる。
 私が商品の鞭を手にとって軽く品定めしていると、看板娘のカワイコちゃんが寄ってきた。
「あ、あのいらっしゃいませ!あ、ごめんなさい。多分、初めましてですよね?」
「うん、初めまして。来たばっかりで、明日から樹海に潜るつもり」
「そうなんですか!頑張ってくださいね!此処は私のお父さんのお店で、私はお手伝いなんですけど、いつもお店にいますから、私の事、覚えて下さいね!」
 …………いかんな、あまりに「良い子すぎる」。ここまで完璧に可愛いと、なんか裏があるんじゃないかと疑ってしまう。きっとうっかり会計で間違えたりとか、ドジッ子っぽい一面も持っているに違いない。うーむ…………。
 なんか、納得いかない。女として、なのかもしれないし、人間として、なのかもしれない。
 私は何か釈然としないものを感じながら、交易所を後にした。


 夜が更けていく。他愛の無い、夜だ。
 他愛の無い夜は、今日までだ。