008話

 昨日の文章を改めて読み直し、何を書いてるんだ私はと驚愕。一昨日も何が言いたいんだか。一昨昨日もなんだかなあ。
 ようし、こうなったらもっとカオスにしてやる。


 次の日の朝、私は仲間と共に公宮にやってきた。冒険者として登録はされているものの、「世界樹の迷宮に潜る」と正式な宣言をしなけりゃイカンという話である。
 公宮で迎えてくれたのは大臣様。口数の多そうな御爺様である。そして事実話が長かった。大雑把に喋らせてから、勝手に話を切り出す。
「……要するに、その試練とやらを受ければよろしいと」
 ちなみに、この「要するに」てな言葉は、あんまり使うと嫌われる。人が一所懸命話してるのに、勝手に要約されると普通は良い顔をされないよね。でも、私は昨日からいろんな話を聞いて億劫になってるのだった。
「うむ。これから世界樹の迷宮に挑む者ならばそれほど難しくはないだろうが……、その試練をどう切り抜けるか、衛兵達に見届けてもらう。これから公国民となる者がどういう人間なのか、知っておきたいからの」
「ははあ……。そして、試練とはどのようなもので」
「その前に……、そちらの銃使い殿は既に試練を突破したと記憶しておるが……?」
 ヤルディム君を見る御爺様。そういやヤルディム君はどのぐらいまで潜ってるんだろう。後で聞いてみようかね。
「はい。しかし、ギルドとして迷宮に潜るのは初めてです」
「ふむ……。そなた達は四人しかおらぬようだし、その程度のハンデなら許そう。しかし、矢鱈に仲間を頼るだけでは迷宮の踏破はできないであろう」
「分かっております。危険を前に頼るのは何よりもまず自分。それが生きるという事です」
「よく理解しておられる。ではTriferonと申したか。詳しい話は樹海の入り口にいる衛兵に聞くが良い。そして、樹海の構造はここに記すと良い」
 御爺様は丈夫そうな紙の束をくれた。ここに樹海の地図を描いていくわけだが……一階の地図を埋めるのが「試練」という事である。
「良い紙ですね。色のノリも良さそうで……」
「……別に特別な素材を使ってはおらんが?」
「いえ、こちらの話です」
 御爺様は不思議な顔をしていたが、私はさっさと公宮を出て行きましたとさ。


 樹海の入り口までやってきた。衛士の姿は見えないが、きっと入ってすぐのところにでもいるんだろう。
 私は何の気なしに辺りを見渡した。樹海の近くには小高い丘があるが、丘の上から「誰か」が見ているわけもなければ、「誰か達」が稽古をしているわけでもない。
 ……そのうち、来てくれるかな……。
「んじゃあ、樹海に潜るわけだけど……ヤルディム君は地図描ける?」
「少しなら……」
「じゃあ、とりあえず持ってて」
「えー、なんであたしじゃないの?」
 フィールが抗議する。フィールは地図を描くのも上手いから、任せてもいいんだけど……。
「『信頼』を試す」
「信頼……ッスか。だったら俺の方が」
「確かに、お前さんは敵以上に信頼のおけん大馬鹿だが……。私達は皆ある程度気心が知れた間柄だけど、ヤルディム君はそうじゃない。いろんな適正を知るついでに、一番重大な任務も任せる。私達はこれをフォローする。そこで信頼関係を改めて見直そうという事だね」
「分かりました」
「それと、強制はしないけど、敬語じゃなくてもいいよ」
「はい」
 こりゃ直らんな。撃つ時だけ性格が変わるのは勘弁してほしいんだけど……。
「フィールはヤルディム君の補佐。ヤルディム君の銃は見たところ撃つのに時間がかかるみたいだから、あんたの弓で露払いを頼むわ。こんな浅い階層で歌ったらぶっ飛ばすよ」
「うい。……ちぇ」
 フィールの舌打ちを私が聞き逃すはずも無かったが……、さすがに今制裁を加えるのは自重した。こんなところでツッコミを入れると、さすがに信頼を疑われる。
 ちなみにこの「浅い階層で歌うな」という話は、一応意味がある。歌の持つ力はどうも迷宮の場所にも影響しているらしく、深い方が効果があるそうだ(フィールが言ってた話だからよく知らないんだけど)。あとは、純粋に騒がしくなると魔物が寄ってくるかもしれないという危惧も。
「カンタロウ。お前は私と一緒に前列だ。パラディン以上の盾になって、後ろへの攻撃は一発も通すな」
「分かりました!……でも、カンタロウじゃねえッス」
 知ってる。
 あと問題は回復役の不在だけど……、まあ、そのうちなんとかなるだろう。初っ端から怪我するほど私達はヤワでもない。


 樹海に入ると、懐かしい空気が伝わってきた。多くの魔物が棲んでいる筈なのに、視界には一匹たりとも映らない、「見られている」感覚だ。しかし、余所者を拒絶するのではなく、好奇心から観察されているような……。
 そして、好奇心とは違う視線も伝わってきた。通路を抜けた先にある天然の大広間に佇む、一人の衛士。鎧兜で身を包んで顔が見えないが、今回の試練の案内役で間違いない。
「今回試練に挑戦するのはお前達か?」
「うん、Triferonって奴で」
「そうか。では試練を始める」
 心底興味なさそうだ。悪人ではないだろうが、単純に毎回同じことをしてるから飽きてるんだろうなー。それはつまり、樹海に潜る冒険者達の多さと、探索の度合いがそれに見合っていないという事を示しているんだろうね。
「付いて来い」
 やる気の無い、型にはまった足取りで奥に入っていく衛士。ワケも分からず付いていく私達。衛士は大広間の隅から伸びている、狭い抜け道に入っていった。うっそうとした植物のおかげで一度に一人ずつしか通れず、途中で魔物が現れたら危険だと思ったが、どうもその気配は無い。
「なんだこれ」
「どうも、この試練限定の抜け道のようですよ」
 木々に隠れて見えないところからヤルディム君の声が聞こえてきた。……普通の通路を通っちゃいかんのか?
「お前達の試練は、樹海の地図を作成する事だ。私が一階の端まで誘導するので、そこから地図を描きながら無事に帰還する。そういう手筈だ」
 今度はギリギリ前に見えるところから衛士の声が聞こえてきた。
「途中で帰れず、一発勝負という事ですか」
「そうだ」
 何気に酷くない?私達なら負けは無いだろうけど、途中でくたばったらどうすんのさ。


 どれだけ歩いたか分からなくなった頃に、ようやく道が広くなった。どうやらスタート地点に着いたようだ。後戻りしようにも狭い上に入り組んでいて、単純には抜けられそうにない。
「それでは、頑張りたまえ」
 とかいうと、衛士はアリアドネの糸で帰ってしまった。……そういやあの糸売ってなかったなあ。やっぱり試練に合格しないと貰えないんだろうか。
「いきなり取り残されるとは思わなかった」
「それが試練ですから」
 どうも、地図を作るというよりは「生き残る事」が試練のような気もする。いきなり放り出されても冷静さを失わず戻ってくる、その力こそが求められているのかな。
「ま、悩んでもしょうがあるめえ、とっとと行くよ」


 実際、負けは無かった。巨大マイマイやネズミが通路の隅から飛び出して来たりはしたものの、冷静に戦えば大した事はないものばかりだった。私が鞭で出鼻を挫いたところにカンタールの突き技が炸裂するだけでも十分な効果があったし、鞭で怯んだ相手にはフィールの弓が突き刺さった。殻に閉じこもったマイマイにはヤルディム君の銃が問答無用で貫通した。
「突き主体ってのも変な感じだな」
「こればっかはしょうがないよ」
「俺は斬撃もいけますが」
 いや、このままでいい。全員のリーチが長めで保たれるなら。どうも飛び道具の類を使う奴はいないみたいだし、こんなところでいらん怪我はしたくない。
 行き止まりの向こうでささやかなお宝を発見し、地図も順調に埋まっていく中、一つの扉が私達の前に現れた。
 試練を始める前に、私達のスタート地点と樹海の入り口との位置関係だけは教えてもらっていた。そこから察すると、扉の先は単なる小部屋で、帰り道とは関係無さそうだった。しかし、今の私達は地図を埋めるのが目的なので、当然この扉も開けなければならないだろう。
「フィール」
「なに?」
「この扉の先、何があると思う?」
 行き止まりにわざわざ入りたくない、と駄々をこねているわけではない。ただ……、このパターンはどこかで経験したような気がするのだ。
「……なんか匂うね」
「カンタール、あんたは?」
「…………リンプンが扉の端に付いてます」
 ああ、私にも見えた。……予感的中か。
「ヤルディム君は?」
「言っても良いんですか?」
 試練は公平に、とでも言うのかな?その意気やよし。
「よし、じゃあ開けよう」
「えーー!」
 フィールの抗議の声なんぞ、無視無視。そしてこの先にいるのは虫。
 ……が、予想に反して虫の気配は無かった。それどころか、のどかに休めそうなお花畑が広がっているじゃないか。どうしたもんだか。
「誠に遺憾ですが……休む?」
「僕は構いませんが……」
「俺も。軽く休憩したいです」
 そりゃ、お前さんは知らんだろう。お花畑で休む事の恐ろしさを。
「じゃあ、あたしが子守唄を歌ってあげよう!」
 こいつはさっきからなんなんだ。虫がいないと分かれば途端に元気になりおって。
「しょうがない、休むか……」
 私はどっちを期待してるんだろう。虫が出てきたら絶対苦労するに違いないのに、出ないのはなんか癪だと思ってる。


 そして、休んでも虫は出なかった。アホの子守唄がなんだか心地よかった。…………ちくしょう!
 元気一杯になったものの釈然としない私達(私だけかもしれないが……)は、その後少々の通路を地図に書き込んで、見事試練を達成した。最初と同じ位置にいた衛士に地図を確認してもらう。
「ところで、この小部屋で毒の蝶が出たという報告は?」
「度々ある。が……この部屋に関しては調べなくても試練は達成させる予定になっている」
 ちくしょう!なんかちくしょう!
 最後まで納得がいかないまま、私達は公宮に戻り、少々の軍資金と公国民の証を拝領した。なんか、すげえつまらん。何故だろう。




 唐突にあとがき。
 つまらんのはこっちも同じだったりします。だって、こいつらが序盤で苦戦するとは思えないし、この流れだとやっぱり虫が出ない方向でいかないといけないし。
 次からは苦戦する要素をいろいろ突っ込んでみようかと思います。