014話

 忘れてたわけじゃなく、書いてたらどんどん長くなっていたのであった。


 彼……いや、彼女の名はナガタカ。エトリアでは知らぬ者はいないという程の錬金術師だ。元々学者畑の人間だが戦闘用の術も多数体得しており、特に火術に関しては竜の息吹に匹敵すると謳われた天才である。相棒の剣士であるブラスタと共に、知識と強敵を求めて各地を旅しており、エトリアの樹海にも研究や武者修行として訪れ、私たちと共に探索に明け暮れた。
 ……というのは一人歩きした噂の話で、実際にはただの技術オタクだ。強いのは事実だけど、少女というより少年のような口調と体型の貧弱さのおかげで、ちっとも凄く見えなかった。今だって、私から視線を逸らしているのは、私の格好とスタイルを恥ずかしがっているからだ。……確かに割とセクシーかなーと思わないでもない外見だとは自負しないでもないけど、同性にそういう視線で見られるのはなんとも複雑な話である。
 一方、相棒のブラスタは典型的な「男勝りの剣士」。ナガタカとは幼馴染で、彼女が知識を極めるなら私は体術!と剣の修行ばっかりやっている。こっちはかなり女っぽい性格とスタイルだけど、腕っ節の強さと重装備のおかげで男っぽく見える。そしてお互いがお互いを補う関係なので、見てて心地良いコンビ…………だった。
「お久しぶり、です……」
「……久しぶりなら、ちゃんとこっちを向きなさい」
 ナガタカのこういう態度を見ていると、何故か少女としての可愛さよりも少年としての可愛さを感じてしまう。何故だろうね。私にはどっちの趣味も無いのに。
「ペパラー、あんたもこっち来てたんだ!」
「まーね。あんたらはやっぱりアレ?修行とか研究とか」
「モチよ。……横にいるのは、フィ=Irとカンタール?……変なの」
 ブラスタはさっぱりした性格だから、この二人が変だと突っ込んでくれる。うんうん、変だよねこいつら。
「変とはなんだ!俺は姐さんのいるところなら地獄だろうと!」
「変とはなんだよー!あたしは変な奴のいるところなら地獄だろーと!」
「……お前ら、二人仲良く地獄に落ちてろ」
「あのー……」
「ん、ごほん」
 すっかり蚊帳の外になっていたヤルディム君と、聖騎士の兄さん。無視するつもりは無かったけど、まあ再会というのは往々にしてこういうものだから、勘弁してね。
 私が適当に二人を促すと、聖騎士の方が一歩前に出た。
「つまり、君たちは知り合いという事かな?」
「あ、はい……」
「友達以上知り合い未満ぐらいの関係です」
「そうか、それならば良かった。ナガタカ君、私の用事はもう済んだので、ここで失礼させてもらうよ。私の話は君から話してやってくれ」
「分かりました」
 私のボケを見事にスルーしやがった聖騎士。……こいつ、できる!
「あのー、一つ良いですか?」
「何かな?」
 そのままサヨナラしても良かったが、ちょっと思いついた。
「あなたは樹海に潜って長いんですか?」
「まあ、それなりにね」
「だったら、ニィルダステとかいう冒険者を見ませんでしたか?割と腕の立つ斧使いなんですけど」
 本当はもっと聞きたい奴はいるんだけど、いっぱい言ってもややこしいだけだからね。とりあえず、確実にいると分かってる奴だけ聞いておこう。
「ふむ……、聞いた事が無いな。……お仲間かな?」
「まあ、そのようなもので」
「ならば、もし出会う事があれば君の事を伝えておこう。君の名は?」
「Triferonのペパラーゼです」
「ペパラーゼか、不思議な名だな。私はベオウルフのリーダー、フロースガルだ。もし聞きたい事があれば酒場にでも言伝をしてくれれば良い」
 ベオウルフ!確かこの樹海で特に頑張ってるギルドの名前にあった。一見普通のパラディンだが、こいつがそうか……。仲間もいる様子がないし、何が凄いんだろう?……いや、さっきの狼が仲間か?となると、獣と心を通わせる事ができるのか……。自然に溢れる樹海では強いかもしれないな。
「分かりました。あなたの冒険の無事を祈ります」
「こちらこそ、君たちが仲間と再会できる事を祈るよ」
 言って、フロースガルは奥の道に消えていった。なかなかの紳士だ。紳士じゃない聖騎士って見た事無いけど。


「さて…………。ナガタカにブラスタ、改めて、久しぶりね。元気だった?」
 二人に向き直ると、あっちも少し穏やかにこちらを向いた。懐かしの再会だー。ナガタカはまだ私を直視できないが、まあこれがこいつの性格だしねえ。許すよ。
「はい。僕もブラスタも変わらず、研究と修行の日々です。ペパラーゼさんも皆さんも、お変わりは……無いようですね」
「うん。大体分かると思うけど、私たちは改めてギルドを作った。勿論Triferonの名前で。それで、こちらが新人で、銃使いのヤルディム君。はいヤルディム君、私の昔の仲間だ」
「どうも、ヤルディムです。ナガタカさんに、ブラスタさんですね?」
「その名も高き、本の虫と剣の虫ー」
 フィールは黙れ。
「まあ樹海の中だし、積もる話は後にしようか。……私としては、二つ質問がある」
「はい」
「一つはさっきのフロストギズモさんが言ってた、あの地軸モドキについて。もう一つは、あんたらの今後」
「……ではまず、前者から」
 そう言うとナガタカは、さっきから視界の端で蠢いていた、広間の奥にある光の柱の方に向かった。
「まず、この話は僕もさっき聞いたばかりなので、その辺りを注意して聴いてください」
「ま、詳しく調べてもよく分からない気はするんだけどね」
「ブラスタ、それだけは僕は肯定できないな。……これは『地軸の柱』と呼ばれているもので、エトリアにあった樹海地軸の亜種のようです」
 私はそこでヤルディム君の方を向いた。彼はいつも以上に真面目な、というより硬い表情をしていて、「難しそうですけど、なんとか着いていきます!」といった覇気に満ちていた。……まあしょうがない。私たちは地軸を知ってるが、ヤルディム君は樹海は初めてだからだ。
 でも、そんなところで意地を張ってもらっても困るんだよね。
「ナガタカ先生、その前に樹海地軸のおさらいをお願いします」
「?……分かりました。樹海地軸とは、簡単に言えば街から一瞬で樹海の中に移動できる、空間の扉です。エトリアの場合、樹海は通常五階ごとに大きな階層が作られていましたが、その階層の始まり付近には必ず存在していました。恐らく、階層ごとに環境や生態系が大きく異なるという非常に不自然な状況ゆえ、空間に歪みが生じてしまったのでしょう。歪みと言っても、樹海が今の形になってから相当長い時間が経っていますので、今は安定して使用する事ができます。そして、樹海地軸を空間の扉として使用できるのは、本来樹海にとっては部外者であるはずの私たち冒険者達だけです。樹海に生きる凶暴な魔物が地軸を通って街を襲うといった事はありません。これは、階層ごとに異なる自然環境として定着したので、樹海の自然の中で生まれた生物には空間の歪みを歪みとして認識できないからではないかと考えられます。そもそも樹海がそのような形になったのは、なんらかの古代文明による人為的要因によるものでして……」
「先生、これ以上喋ると授業時間が無くなります」
 私は再びヤルディム君を見た。さっきと変わらず硬い表情だが、脂汗が滲んでる。これがもし漫画なら、頭の上に「???????」が浮かんでいるだろうというぐらい、許容量をオーバーしているようだ。
「……要するに、地軸があると近道できるのよ」
「そう、なんですか……」
 こっそり耳打ちしておいたが、大丈夫だろうか。ていうかナガタカ、もうちょっと手加減しろ!
「んで、これがその亜種って事は、どう違うの?」
「簡単に言えば、一方通行のようです。あらかじめこの光を浴びて、僕達の存在を認識させる事で、街からこの場所まで飛ぶ事ができるようになるのですが、逆に帰る事は出来ないようです」
 なるほど、便利と言えば便利かもしれない。うっかり「地軸があるから帰れる!」とか勇み足をしないように気をつける必要はあるが。
「先生、一つ質問です」
 フィールが手を挙げた。そういやこいつも知識に関しては貪欲だった。
「存在を認識させる、という行為にはどういう意味があるんですか?」
「はい。どうも『地軸の柱』は樹海の中に複数あるようなのですが、樹海地軸ほど強力ではないらしく、入り口が一つしかないのです。出口は複数あるんですが……。ですから、あらかじめ出口を指定しておかないと使用できないのです。その指定の方法として、直接光に触れて認識させるという手段を取っているという事です。つまり、ここの地軸を使おうとするならば、他の地軸に触れてはいけないという事になります」
 ほう。あくまで一時的な前線基地にしかならないという事か。まあその辺りは追々理解できるだろう。ヤルディム君は……、頑張ってくれ。
「じゃあ今ここで触れるのはオッケーとして……、もし他の柱を見つけて触ったら、もうこっちのは使えなくなるわけだ」
「そうなります。もし使いたければ、もう一度ここまで来て触れるしかありません」
 言いながら、私は柱に歩み寄った。ナガタカと追従し、ブラスタが一歩遅れて付いてくる。
「これって……、皆が触っていた方が良いの?」
「恐らく一人いれば空間は繋がるでしょうが……、全員が触れていた方が確実でしょうね」
 言って、ナガタカが樹海の柱に触れた。すると柱の纏っていた光が更に輝き、呼応した。ナガタカはそのまま手を突っ込んでいたが、数秒としないうちに輝きは収まった。恐らく、これで「認識完了」なのだろう。
「んじゃあ、私も……」
 私が柱に触れると、同じように輝く。柱の中は輝きの割には熱は感じられず、むしろ手が締め付けられるような、同時に引き伸ばされるような、不思議な感覚があった。樹海地軸を使った時、たまに自分の「存在」が不明瞭になった時があったが、それに近いものがある。恐らく、空間のねじれの一端がここに現れているのだろう。
「皆もとっとと触れておきなさい」
「分、かりました」
「了解ッス」
「ハイハイ皆さん順番ですよー。本日は特別価格、お触り一回100YENで結構です。さあさあそこのお姉さんもいかがでしょう?たった一回のおタッチで未知の感覚と新世界へと誘います」
「フィ=Ir、あんたも変わらないねえ……」
 全くだよ。あんな下世話な台詞、どこで覚えるんだか。
 そして全員が触れ終わると(ヤルディム君だけは終わってからも半信半疑だったが)、ナガタカが私に言った。
「ペパラーゼさんは、この樹海も征するつもりですか?」
「モチ」
「……僕達は、修行が第一ですので」
「自分を磨くのに、樹海は丁度良いと思うけど?」
「ええ。ですから……僕のような『ついで』で良ければ」
「歓迎しましょう」
 理屈っぽいのも嫌いじゃないけど、私の情も勘定に入れてほしいもんだよ。あんたみたいな人材を放っておくほどバカでもないしね。
「ちょっと待って。その前に一つ聞きたいんだけど」
 んが、そこまでほとんど黙ってたブラスタが手を挙げた。
「そこの兄さん、ヤルディムだっけ?……どんな奴なの?」
 理屈で動くナガタカと違って、前線を張るブラスタは、彼が背中を任せるに足る存在か知りたいんだろう。それ以上に、強い相手には目が無いというのがあるんだけど。
「親交は追々深めてもらうとして……、強いよ。模擬戦で私の鞭を封じたぐらい」
「へえ……、そりゃ期待できそうね」
「ルックスもイケメンだ」
「……!」
 フィールがいつもどおりの軽口を言った瞬間、ブラスタの表情が固まった。確かにヤルディム君はそこそこカッコいいけど、ブラスタはルックスで男を見るタイプじゃないんだが……、ん?
「まあいいわ、私もTriferonに入る。ヤルディムとは……、後でじっくり話し合いましょ。ね?」
「は、はい……。……?」
 ヤルディム君はブラスタの言葉の真意を測りかねているようだ。……私にも分からないし……と思っていると、フィールが横からつついてきた。
「何さ」
 フィールは無言でナガタカを指した。ナガタカは柱の周囲を回りながら何やらメモを書きとめている。そんな研究熱心なナガタカの傍らにさり気なく立つ、幼馴染のブラスタ。心なしか顔が固い。その視線の先には……先ほど紹介されたヤルディム君。
 ヤルディム君がその視線に気づいたが、よく分からないまま愛想笑い。その瞬間、ブラスタの表情がまた硬くなった。そして一瞬横目をやると、その先にはナガタカ
 私はここでようやく合点が言った。ブラスタは、そういう人物だったのだ。すっかり忘れていた、というより、ますます悪化していて気づかなかった。
「本の虫に悪い虫が付かないように立ちはだかる剣の虫の姿であった」
「俺の姐さんへの思いも、あいつにだけは勝てない気がする……」
 この軽口コンビ、いつもなら二人まとめて鞭で縛り上げるんだけど、今回に限ってはなんかそんな気になれなかった。


 ブラスタ、報われぬ女よ……。