ザ・マジックアワー

 観てました。なかなか素晴らしいエンターテインメントでした。
 ちなみに「マジックアワー」とは、太陽が落ちてから暗い夜になるまでの間の僅かな時間の事です。一般に「一日で一番美しい時間」と言われているようですね。


 とある古風な街でギャングの女に手を出した主人公が、許してもらう代わりに出された条件は「幻の殺し屋・デラ富樫」を連れて来る事。しかし、幻というだけあって、誰もその姿を知らないという。当然主人公も知らない(が、助かるために咄嗟に嘘を付いた)。そこで考えたのが、「顔が知られてない俳優に殺し屋を演じてもらう」だった……。
 元々が「映画のセットのような街」なので、呼ばれた俳優「村田大樹」はすっかり信じてしまい、「台本は無しでアドリブ、カメラは俳優に意識させないように遠くから」という体当たりの嘘も「実力は未知数だが、やる気は十分ある」と取ってしまい、幻の殺し屋をノリノリで演じてしまうのが、前半の面白さです。
 本物を誰も知らないから「偽者」とも言えず、コメディにありがちな偶然と、俳優としてのアクションで鍛えたそれなりの実力で幾つものピンチを切り抜けた村田に、ギャングは段々と信頼を寄せるようになっていきます。しかし村田はそんな事は露知らず、リアルな銃撃戦に驚いたり、「どこかにあるカメラ」を意識した視線を送ったりするのがひたすらに面白いです。
 「映画を作る」映画は幾つもありますが、「映画だと思い込んで演技する」映画はなかなか面白いです。本物の映画のカメラワークと同時に、「村田の思い込みのカメラ」が考えられて演技されているのが芸が細かく、村田の本気っぷりに笑いながらも感心してしまいます。
 映画の中で映画の撮影を表現するのですから、当然メタ的な視点も入り込みます。人によってはそういうのが好きでない人もいるかもしれませんし、「裏方の視点は見せるべきではない」と考える人もいるでしょう。しかし、これはそれをしつこくない程度のコメディに落としていますし、騙される方(村田)が一方的に可哀想なわけでもなく、騙す方(主人公)も必死でやっているので、「演技の筈なのに真実味を帯びてくる」という、真実と虚構が混ざった故の面白さに直結しています。
 村田が映画じゃないと気づくのは、後半も後半になってから。ライバルのギャングとの争いや裏帳簿のやり取り等で主人公が捕まり、それを助けよう(というシーンの撮影と伝えられ)と村田が乗り込んで返り討ちにあい、セメントで固められる絶体絶命の状況になるまで、村田は「自分の俳優人生の中で最高の映画」を撮っていたのですから、気づいたシーンは最高に面白かったです。しかし、同時に村田の気持ちも分かってしまうから、辛いシーンでもあります。
 また、売れない俳優である村田にとって、騙された事や危険な目に合わされた事よりも、演技をカメラに撮っていなかったのがショックだというのが、エンターテインメントとして徹底しています。変にシリアスになりすぎず、「映画は人を楽しませるもの」といったテーマを表現しているといった感じでしょうか。その場はなんとか切り抜けましたが、村田は怒って帰ろうとします。
 しかしその後、村田を騙すために本物の撮影からパクって来たカメラが回っており、僅かながら映像に残っていた事を知った村田は、自分の最高の演技をフィルムに残せたと満足してしまい、「こうなりゃとことん」と殺し屋を演じる決意をしました。
 そこで作戦として用意されたのが、村田が俳優生活で得た人脈。売れないからこそ売り込みや付き合いをマメにやっていたので(この辺は序盤に複線があります)、「村田が一世一代の大芝居をする」の話を聞いて、本当の映画並みの人数のスタッフが駆けつけたのです。同じ端役俳優がエキストラで組織の下っ端を演じて、銃撃戦を爆発物のプロが再現、勿論演出としてスモークや照明も用意しました。そして、映画撮影という「虚構」が、現実のギャングや殺し屋を打ち負かしたのです。


 映画の裏方を敢えて見せている事の面白さがあり、その上で本物の映画としての演出もあるという、一つの映画の中で二つの物語が同時に作られていく様は見事です。
 幻の殺し屋が段々と実体を持っていくというのは、村田の中で映画が完成していく事であるのと同時に、私達の中でのストーリーが進行していく事でもあり、しかも常にどこかにズレがある。そのズレがあるからこそ楽しめるのです。そして、「村田と村田の映画←ザ・マジックアワーと登場人物←それを観ている私達」という三重の構造を思うと、私達の手前にも何かいるんじゃないかとちょっと思ってしまいます。こわいような、面白いような。


 全然関係ないのですが、映画の中で夜にギターを弾いてた青年がいたんですが、「どっかで聞いた事あるなあ」と思ったらヒロトの曲でした。ヒロトのCDは数えるほどしか持ってないのでアレなんですけど、作風って意外と分かるもんなんだなあ。