人に歴史あり 歴史は人にあり

 年中アイドルマスターの話をしているわけではない私ですが、それでもアイマス世界のアイドルと現実世界のアイドルというものの違いについて何度か考えた事もあるわけでして。例えばわた、春香さんは昔懐かしの「歌が上手いわけじゃないけど、動いてるのを見ると可愛い」という感じのアイドルだと思います。「トレードマークは頭のリボン」であるとか、今時ほとんど見られないアクセサリーを普段から使っているのも、古臭さの演出の一つのように思えるわけですよ。
 そう思うと、春香さんは実際のアイドルとどの程度似ているのかなあとも考えてしまいます。昔のアイドルって、今見ると馬鹿みたいなのに、それなりに癒されてしまうオーラを纏っていました。歌唱力とかは特にそうで、こんなもんでよく金を取れたなとか思いつつも、実物を目にするとちょっとぐらいなら払っても良いかしらという気分になる、不思議な存在でした。そりゃトイレも行かないわってぐらいの、別次元の生き物だったわけです。
 ですが、現在においてそんな形のアイドルは全く見られません。それこそ二次元の生き物になってしまいました。アイマスはポリゴンですから2.5次元ですか。まあそんな事はどうでも良いんですが、アイドルというのは時代を反映させていくものですから、昔は「ヘタでも可愛い、ヘタだからこそ可愛い」みたいなキャラがアイドルで、今はそういう風潮が流行らないだけです。……というより、アイドルも細分化して、歌わないアイドルの方が一般的になったのかもしれませんね。若者向けで歌う清純派の女の子が「昔ながらのアイドル」という感じで、今はグラビアとかバラエティとか、活動の場所がそれぞれありますし。……そう思うと、歌をメインに売り出してるアイマス765プロは本当に昔気質ですよね。
 まあ、そんな前置きはどうでも良いんです。ぶっちゃけ今日は、アイドルの定義を今一度考え直したくなるようなものを見つけてしまったのですよ。「セピアの夏のフォトグラフ」です。この動画はタイトルが違っていますが。
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 1997年の映画「ときめきメモリアル」のテーマソングで、ヒロイン「藤崎詩織」役の吹石一恵さんのデビュー曲です。ちなみに、それ以前も吹石さんは子役や演劇等で活躍していましたが、ドラマは初挑戦で、初主演。曲も初なのですから、めでたい尽くしですね。
 ………………等と冗談でも言わないとやってられない、それほどまでに破壊力に満ちた歌です。これは。この…………、何?これは。
 曲は良いんですよ。詞も良いんですよ。ときメモの映画としては……、どうなのか分かりませんが、まあ青春とか恋愛をテーマにしたものとしては良いと思うんですよ。なのに、この歌唱力。音程を外してるわけでもなく、純粋に声質だけでこの威力。これはもう、声の暴力です。
 誰か止めなかったんですか。止めませんでしたか、そうですか。ただでさえ「人気ゲームの実写化」でも黒歴史なのに、それとは全く別のところでこの惨状。一体どうしたものか。この男らしさなら、ポップスを止めてロックにでもすればいけたんじゃない?そんなときメモ嫌だよ。だよなあ。
 どうも調べてみたところ、この男らしいアルトボイスは本人も気にしていたところのようで、今はむしろそれを活かしてナレーションをしていたりもするみたいです。一方で、歌の仕事はこれっきり。まあ当然ですね。
 「下手な歌」自体は、まあ珍しくはありません。昔のテーマソングは主役が歌うのが結構ありましたから。仮面ライダーBLACKとか、下手すぎて別次元に到達していますしね。でも、それも80年代までだと思います。この曲の恐ろしいところは、1997年という「時は正に世紀末」な時代だったところです。この曲ならモヒカンにも勝てますよ。意味分かりませんが。
 思うに1990年代後半は、アイドルの転換期ではなかったかと思います。「映画の主題歌はヒロインが歌う」とか、「ヘタでもアイドルなら許される」「曲調でヘタさを誤魔化さない」とか、そういったアイドルを全面に押し出した風潮の、最後に位置するのが、この「映画版ときメモ」ではないかと思います。
 現在の映画界やドラマ界では、特別なテーマを持たない限り、テーマソングはプロのシンガーが務めるのが普通です。元々主役が歌の上手い人だったらその限りではないでしょうが(バンド上がりのタレントとか)、テーマソングとは歌詞や曲だけで作られるものではない、歌い手の存在が重要だからに他ならないと思います。同じ曲でも男声と女声で全く印象が異なるように、声一つでテーマは変わってしまうのです。
 「ときめきメモリアル」……、見るからに甘酸っぱい青春のストーリーです(原作ゲームは結構硬派なんですが)。それを、このジャイアンボイスで破壊すると、テーマもクソも無いんです。勿論製作側としては、売れれば良いという意味ではどんな曲でも良いのですが、そりゃあ上手いあるいはテーマに合ってる方が客が来るのは当然でして、恐らく、この時期を境に懲りたのではないかと思います。


 「アイドル」。それは皆から愛される偶像です。その姿が演じているかどうかは関係ありません。愛されれば良いんです。でも、どうやって愛されるかは問題なのですよ。この曲を聴いていて、そんな事を考えました。
 そういえば、イメージカプセルのアイドル声優こと笠原弘子さんの1stアルバムも、今聴くとすっげえドーピングされています。コーラスを被せて必死に下手さを誤魔化していたり、声質に合った曲調にしていたり。笠原さんも90年代ぐらいの曲になるとだいぶ上手くなってるんですが、漠然と聴いていると「昔は良かったなあ」という言葉が頭の中に浮かんできました。いやあ、昔は良かった。大雑把で。


 オマケ。もう一つの「突き抜けたアイドル」である菊池桃子さんの伝説のロック・バンド「ラ・ムー」のデビュー曲「愛は心の仕事です」。
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 聴けば分かる通り、思いっきりアイドルなボーカルでありながらロックです。全然混ざってません。何故こんなバンドが結成されたのかは、未だによく分かりません。どうも、「もっとロックっぽい曲をやってみたい」と菊池桃子さんが言ったのが拡大解釈されて本格ロックバンドになってしまったようなのですが、おかげで上手い下手を抜きに、一部の人からは非常に愛されています。具体的には、大槻ケンヂが「本当のロッカー」と絶賛するぐらいに。
 ある意味、アイドルとロックは同一線上にあると思います。愛は心の仕事だ。