世界樹の迷宮小説?「Triferon」005

 前回までのあらすじ、不思議少女誕生。


 どうも私にはこの街は難しい。酒場を探すはずが、いつの間にか迷宮の入り口まで来てしまっていた。近くにいた少女に道案内を頼んだが、この少女もかなり浮き足立っていて、少々不安である。
 しかし、例え出会ったばかりだとしても、少女にエスコートされては私の立場が無い。踊るように歩く彼女に遅れないように、私も並んで歩く。後は、この少女がちゃんと道を知っている事を祈るのみである。
 私は道すがら、少女と少々話をした。どこから来たのか、何故迷宮の入り口にいたのか、「死神」とはなんなのか。勿論、少女を傷付けないように、日常の会話も織り交ぜ、あくまでさり気無くである。
 曰く、A・Yは本名であるらしい。生まれた時からこの街にいて、ずっと迷宮を見つめていたという。出身がこの街とするならば、後で礼を言いに行かなければならない。冒険者は行動が制限されているが、この程度なら許してくれるだろう。いや、許してもらわなければ困る。
 何故迷宮なのかと問えば、それは「ぐるぐるしているから」らしい。私にはよく分からない話だが、子供特有の表現方法であろうと納得しておいた。なお、私はぐるぐるしているのかと問えば、それはよく分からないとの事だった。自分がぐるぐるするかもしれない、とも言っていた。
 「死神」については、A・Yは少し話すのをためらっていた。最初に私が「死神」について聞いた時はそんな反応はしなかったのであまり気にせずに尋ねたのだが、悪い事をしたかもしれない。
 私がその事を謝ると、A・Yはこちらこそごめんなさいと言った。……気分を害したという風ではないが、やはり尋ねない方が良かったのかもしれない。
「あのね、私はいつもぐるぐるを終わらせるの。それからだよ、私が『死神』になったのは」
 そしてこう答えた。どうやら彼女にとって、「ぐるぐる」は非常に重要な概念らしい。「死神」との因果関係は未だ不明だが、これ以上詮索する事も無いだろう。
 やがて、私が求めていた場所に到着した。「金鹿の酒場」で間違い無い。ギルド「Triferon」の募集をかけたまでは良いが、辿り着くまでに随分と時間がかかってしまった。誰か待たせてしまったとしたら、私のリーダーとしての資質を問われる事になってしまう。もしそうなれば…………、元々リーダーになりたいが為にギルドを設立したわけではないが、やはり責任を持っておきたい。
 私は少々の不安を感じながら、A・Yに礼と別れを言った。しかし、A・Yは私の手を放そうとしない。……私は子守は苦手なのだが……。
「私もぐるぐるしたいです」
 家に帰るんだ、貴女にも家族がいるでしょう……そう言おうとした私を遮って、A・Yは私の手を強く握ってきた。
 「ぐるぐる」がよく分からない私には、今のところA・Yを否定する事ができない。まあ、暫く相手をすれば飽きてくれるかもしれない……、私は打算的な思考を抱えながら、A・Yと共に門をくぐった。


 酒場には幾つもの気配が満ちている。次の仕事を何にするかとか、どんな戦法で戦うかとか、話題は常に世界樹に向けられている。まあ、それは当然の事だが。この酒場には、冒険者冒険者に関わる者しかやってこないのだ。
「……こうしてあたしは何度も死を体験する事で、とうとう死神の魔の手からも逃れる事ができたのさ!そしてあたしは高らかに叫ぶ!『門を開けろ!』すると、街の外にいた筈の屈強な軍隊は跡形も無く消え去っていたのだ!」
「良いねえ、感動した!輪廻転生って奴?それとも不老不死?何にしても、長生きって素晴らしい!そんな長い話もできるんだし!」
 しかし、俺の目の前にいる女二人は、およそ冒険とは無縁の気配をまとっていた。いや、一応冒険の話題ではあるのだが、根底にあるものが違う。話している方が「お祭り」で、聞いている方は「長さ」だ。こいつら、本当に迷宮に挑む気があるのか?尤も、俺も自分の芸術が世界樹で通用するかを考えているのだから、人の事は言えないのかもしれないが。ちなみに、俺はさっきから相槌しか打っていない。
 それにしても、さっきフィ=Irが「死神」と言った瞬間、周りの空気が少しだけ変わった。やはり死と隣り合わせである以上、「死を運ぶもの」の存在に敏感になっているのかもしれない。そうなると、フィ=Irとこれからギルドを組むのは精神的にこたえるかもしれないな。
 なお、ペパラーの言う「長さ」については、それ以上によく分からない。フェティシズムという奴だろうか。
 そしてフィ=Irが次の法螺話を始めようとした時、酒場の扉が開いた。俺達がギルドを仮結成して十二人目の客だ。いや、二人連れだから十三人目もいる。
 その十三人目の客は、明らかに周囲の空気が変わった。その客を見るなり何人かの冒険者はあからさまに目を逸らしたり、おもむろに立ち上がったりしている。動揺しているのだ。
「え、あの……お邪魔しまんす」
 十二人目の客である若い男のパラディンは、その空気の乱れを自分のせいだと思ったらしく、ひどく恐縮していた。それにしても、短い単語にも関わらずひどい訛りだ。余程の田舎者か。
 十三人目の客はまだ幼い少女だった。パラディンの手をしっかりと握り、肩から大きな鞄を提げているのが目立つ。そこそこの清潔感と、鞄から僅かに薬物臭がしたので、メディックかもしれない。そしてそれ以上に幼さとパラディンへの依存が感じられるので、兄妹というのもありうる。
「こんにちはー!」
 少女は酒場の中を一通り見渡すと、大きく声を上げた。その声に、酒場にたむろしていた冒険者達の肩が大きく反応した。そして何人かは女将に挨拶と代金を払い、逃げるように出て行った。
「あの、あの……、どうぞ、お構いなくしてくだすって、構やせんよ……?」
 訛りの強いパラディンはますます小さくなって、カウンターに向かった。とりあえず、客ではあるようだ。
「どう思う?」
 俺は二人に尋ねた。
「長生きしなさそうなタイプだね。あんなに縮こまっちゃってさ」
「仲良さそうな兄妹……じゃ面白みが無いな。しかしあの二人の和みっぷり……じゃあきっと、二人は既にラブ萌え時空を形成してると見たね!」
「お前らに聞いたのが間違いだった」
 女二人があーだこーだ言い始めたのを無視して、俺は再びあいつらの観察に戻った。あの周囲の客の反応から察するに、特に少女の方は只者ではなさそうだ。
「いらっしゃい、何にします?」
 女将は誰であろうとも態度を変えない。これはなかなか出来ない事だ。アクの強い冒険者達を日々相手にしているとはいえ、入ってくるだけで周りが逃げる客などそうそういないだろう。そしてその存在のあまりの幼さと、保護者にも見えるパラディン、何から何まで不思議に満ちている。
「あの〜、お尋ねしたいんですけんども……、ギルド『Triferon』について、誰か、言っておらっしゃったでしゃうか?」
 この言葉が、再び周囲の空気を変えた。いや、変わったのは俺達だけであり、他の客のほとんどは少女の方が重要で、パラディンの言葉に興味は無いようだ。
 この時の俺達の空気、それを敢えて表現するなら、頭の上に「!?」が浮かんでいるといった感じか。つまり、表情を隠す俺でさえ動揺を隠せなかったのだ。
 ペパラーの言う事は嘘っぱちであり、方言男こそがこれから組むギルドのリーダーである事を知るのは、それから二呼吸後だった。




 前半はロウタ、後半はぞあすの視点です。さてここで一応隠していた設定が出ています。実はロウタ、田舎貴族だから訛りが酷いんです。というのも、最初キャラクターを作る時に、私は「ノウタ」と入れたつもりだったのに、レベル6ぐらいまで上がった時に「ロウタ」になっている事に気づいたんですね。自分の名前を間違える程とは、どんな田舎者やねんとか思った私は、ロウタを方言キャラにする事に決定しました。
 そして、ロウタにとっては自分は標準語を喋る一般人だと思っているので、ロウタ視点の物語では方言は出てきません。この「主観によって聞こえる言葉が変わる」というのは個人的に好きなギミックでして、今回ではロウタ視点のA・Yが漢字使ってるとか、そういうところに現れています。(人間、興味のある話題しか拾わなかったりしますよね?それを文体で表現できないかなあと思い、実験的にやっています)
 ちなみに物語中、方言の概念があるかどうかは知りません。海外では大阪も南部訛りで喋っていたという話ですし、まあ地方ごとの特色みたいのはあるかなあと適当に想像しています。なお、ロウタの方言は文字通り「適当」です。
 ぞあすはとりあえず、序盤での唯一の冷静真面目ツッコミ役なので、ネタ分は抑え気味です。まあ彼も十分おかしいんですが、フィ=Irとかに比べれば。ちなみに、彼女が前回と今回に喋ったネタは、二つともテリー・ギリアム監督作品だったり。
 なお、ロウタは基本真面目な紳士なのですが、その口調のおかげでボケ役になっている、という印象です。そんな気がします。