世界樹の迷宮小説なの?「Triferon」008

 前回までのあらすじ、俺達の戦いはこれからだ!


 わたしは、ぐるぐるすることになりました。
 みんなが「じゅかい」と呼ぶところに、わたしたちは入っていきます。私はいつも「おおきい森」を見ていましたが、その中に入ったことはありませんでした。「ちりょうのわざ」はみんながじゅかいの入り口でつかっているのを見つめていたらおぼえたのですが、わたしはそれいがい何も知らないのです。ふしぎ。
 わたしがじゅかいの入り口を中からぼうっと見つめていると、ロウタさんがわたしの手をとりました。
「だいじょうぶですよ。A・Yさんはわたしが守ります」
 わたしは、その手がすごくやさしくて、あったかくて、つよくて、それから、それから……。
 なんだかわからなくなるまで、わたしはうれしくなりました。だからわたしは、にっこり笑って「ありがとう」と言いました。
「いやあ、若いって良いねぇ」
「こら」
 フィ=Irさんとペパラーゼさんがわたしたちを見て言いました。なんだかたのしそうだから、わたしはもっとうれしくなりました。


 それからわたしたちは、じゅかいの中をまっすぐにすすみました。ペパラーゼさんが「兵士に挨拶しとかなきゃ」って言うからです。そうですよね。あいさつはだいじです。
 でも、わたしが「しにがみ」だったときは、だれもあいさつしませんでした。だれともあいさつしませんでした。よくわからないけど、きっと「しにがみ」はあいさつしないから「しにがみ」なんだろうな。でも、いまは「A・Y」だから、あいさつはだいじです。
 へいしさんは、「しっせいいん」でも言われたようなことをもう一回言いました。「じゅかいのちず」をつくるのが「ぼうけんしゃの目的」のひとつなんですよね?そのぐらい知ってるよ、えへん。
「君のような子どもは……、いや、君はひょっとして、『死神』か?」
「はい。でも今はA・Yです」
 あいさつは、だいじです。
 それからロウタさんとフィ=Irさんが前に出て、へいしさんとなにか話してました。うー、ないしょ話はずるいです。
「失礼した。『死神』などという噂に惑わされないよう、他の冒険者にも知らせておこう」
 そしたらへいしさんはまっすぐ立って、わたしに言うのです。むー、たしかに子どもあつかいはしてほしくないですけど、こんなのもくすぐったいです……。
 へいしさんと別れると、わたしたちは「じゅかい」のどこから調べようかそうだんし始めました。ロウタさんは「一階の構造は地図からおぼろげに分かりますから、まずは隅から行きましょう」と言いました。わたしはぼうけんは初めてなので、ロウタさんの意見にさんせいです。ペパラーゼさんはちょっとだけムスッとしてましたけど、けっきょくみんなで西から調べることになりました。
 西にはまっすぐの道があるだけで、すぐ行き止まりでした。でも、一番おくにくつの落としものがありました。わたしにはぶかぶかの、毛皮のくつです。
冒険者の落とし物ですか?」ロウタさんがじっくり見て言いました。
「毛並が短い、質が悪いよ」ペパラーゼさんが顔をしかめて言いました。
「しかし一度薄汚れたブーツを目にしたペパラーゼは、どうしてもそれを履いてみたいという衝動に駆られた。探しますか?Y/N」フィ=Irさんは、ときどきよくわかりません。
 ペパラーゼさんとフィ=Irさんが顔をつき合わせてうごかないので、わたしはその間に毛皮のくつをもらっちゃおうと思いました。だって、「ぼうけんしゃ」になったおみやげがほしかったの。
「待て」
 毛皮のくつにもう少しで手がとどきそうなとき、さっきからずっとしずかだったぞあすさんが、わたしを引っ張りました。やだ、服が伸びちゃう。
「どうしました?」
「来るぞ。野獣、肉食か……」
「罠?」
「いや、単なる縄張りだな」
 みんなはすぐにまじめな顔になりました。そして、わたしをまん中にしてまわりをにらんでいます。
 あ、たしかになにか来ています。ごそごそ、ごそごそ……、なんだか地面もゆれています。
「A・Y、下だ!」
 ぞあすさんの声で、わたしは跳びました。でも、おそかったみたいです。地面の中から出てきたもぐらに、わたしははじき飛ばされてしまいました。
「な、何をするだァーーッ!」
 ロウタさんの声が聞こえましたが、わたしは飛ばされてしまって、ロウタさんがどこにいるかわかりませんでした。ただ、足もととせなかがすごく痛くて、それから頭の後ろも痛くて、痛くて……。


 気がつくと、ペパラーゼさんの顔が目の前にありました。
「お、起きたよ」
「にゃ?」
「大丈夫ですか!?」
 目の前にあったペパラーゼさんの顔がふっ飛ぶと、わたしはロウタさんに抱きかかえられていました。は、はずかしいです……。
「良かった……、本当に良かった……」
「は、はにゃあ……」
「ずっこけた程度で死ぬメディックなんていらんよ。ていうか私を突き飛ばすな」
「それはお約束という奴だよ、ペッパ君。主人公とヒロインの初めての旅、そして突然の危機からの生還……、サーガで百万回は語ったネタだわね」
「あの……、下ろしてくだしゃい……」
 ロウタさんはわたしをすっごくやさしく抱いていてくれましたけど、これ以上してもらったら死んじゃいそうです。
 ロウタさんはわたしをゆっくりと座らせると、わたしの前に座って「申し訳ありません」と言いました。なんで?
「わたしがもう少し注意深く気付けていれば……、本当に申し訳ありません」
「え、と……。わたし、だいじょうぶですよ?」
「そうそう。そんな大げさにするよりゃ、もう少し他に言う事あるんじゃない?」
 それから、ロウタさんたちは教えてくれました。地面から出てきたもぐらはわたしをふっ飛ばしたんじゃなくて、足もとから崩してひっくり返しただけだったんだそうです。でもわたしが跳ぼうとしたから、変に力が入っちゃって、せなかと頭をぶつけて寝ちゃったんだそうです。それで、もぐらはわたしが寝ている間にロウタさんが追い払ったそうです。
「ごめんなさい。わたし、やくに立てなくて……」
「いえ、あの程度フォローできて当然でした。悪いのは注意不足だったわたしです」
「でも……」
「いえしかし……」
「うーん、傷を舐め合う道化芝居だねえ?」
「ていうか、誰か突っ込んでやって、あの二人」
「敢えて言えば、悪いのは俺なんだがな……」


「じゃあ、帰ろっか」
 わたしとロウタさんがあやまり疲れると、ペパラーゼさんが言いました。
「ええ?」
 なんでですか?やっぱりわたしのせいですか?わたし、ぐるぐるしちゃいけないんですか?
「まあ、あなたのせいと言えばあなたのせい」
 そう言って、ペパラーゼさんはわたしの足もとを指さしました。わたしが下を向くと、あ。くつこわれてる……。
「さっきのモグラ。……足元の不安な奴は長生きできないよ?」
「そうだ。進むにも引くにも重要なのはステップだ。いかなる時でも動けなければ意味は無い」
「……ごめんなさい……」
 今度こそ、あやまりました。だって、わたしが失敗したのに、それでもみんなはわたしを使ってくれる。それが、どうしても……。
「ま、冒険者ってのはそんなもんよ。三歩歩けばアホになる生き物だっているんだし、最初から失敗だからってくよくよすんない」
「ふにゃあ……」
 わたしはもう、何を言えばいいのかわかりませんでした。
「ああ、それと……、A・Yさん。あのブーツ、どうしますか?」
 あ、そうだ。わたしがはくにはぶかぶかだけど、おみやげがほしかった、あの毛皮のくつ。どうしよう……。
「……おいておきます」
「……良いのですか?」
「いつか、こけずに来れたときに」
 ロウタさんは、それがいいでしょう、と言って笑ってくれました。よかった、笑ってくれて。
 わたしを「しにがみ」じゃなくしてくれた人は、その笑顔が一番にあうと思います。だから、そんな笑顔が見られて、わたしもうれしくなりました。


 それからわたしたちは、じゅかいを出ました。とちゅうでねずみとかちょうちょが来たけど、もうわたしはこけませんでした。わたしはみんなに守られながら、みんなを「ちりょうのわざ」でぐるぐるしました。みんなはわたしを守りながら、ねずみやちょうちょのぐるぐるを止めました。
 じゅかいの外に出るとき、わたしは思いました。
 ああ、ぐるぐるしてるなあって。
 それで、毛皮のくつはもういらないかもって……、そう思いました。




 結構な人数が全滅を初体験するというC-1「ひっかきモグラ×3」が舞台です。私は全滅こそしませんでしたが、満身創痍で勝利してそのまま帰還したので、こういう運びになりました。
 A・Yが寝ている間何をしていたかというと、出てきたモグラをそのままモグラ叩きの如く成敗して、後はペパラーゼが膝枕していたという感じです。本当はロウタが見てやりたかったけど、鎧で固いだろうし、樹海で脱ぐわけにもいかず、フィ=Irは「あたしじゃ役不足だ」とかほざいて拒否、ぞあすは周囲への警戒に必要だった、という流れでペパラーゼです。ボンデージファッションの膝枕って、どんな特殊なプレイでしょうか。
 なお、A・Yは後でぞあすにお礼を言いました。ぞあすの咄嗟の叫びが無かったら、気絶しない代わりに足首に風穴ぐらい空いていたかもしれませんからね。彼の言う「悪いのは俺」は、あと数瞬速ければ確実に回避できたであろうという未熟さを恥じるものです。
 なんでこういう追記をいっぱいするのかってのは、私が未熟で未練がましいというのもあるのですが、A・Yの文体では情景描写や周囲の人間の動きがほとんど語れないからです。