迷宮小説になりたいな「Triferon」010

 前回までのあらすじ、そろそろ一階が探索終了。


 A・Yが見つけた近道を通って、残りのエリアの探索に向かう。残ったのは南西エリアと、南東の端の通路だ。
 地図を作成していて分かった事だが、一階はかなり小さくまとまっているようだ。元々ミッションとして受けた地図作成エリアがやけに小さいとは思っていたが、実際に狭い構造らしい。いきなり大迷宮に迷いたくはないので、願ってもない事ではあるが。
 南東の通路の奥には、涸れた湧き水の跡があった。いや、付近の地面が湿っているので、涸れたというよりは、時間帯によって湧くものなのだろう。少なくとも、早朝には湧かないと。
 通路からの帰りには、昨日と同じような脇の通路を発見した。植物が生い茂って道を塞いでおり、少々剣で切り拓いた程度では通れそうもない。こういう獣道にはなにかしら危険が付き物という事もあり、今は保留にしておく。
「いやあ、なんだか楽だねえ。歌でも歌いたいような気分だよ」
「歌っていいんですか?」
「良いよ良いよー。歌は世界を救う!いかなる時にも喜びを与える、それが音楽というものだよ。さあ、歌いましゃう、歌いましゃう」
「黙れ」
 ペパラーはやたらとフィ=Irに突っ掛かっている。まあ、突っ掛かりたくなるのも分かるが、奴はどんどんつけ上がるだけだぞ?
 しかし、実際野獣は恐れるものではない。勿論油断はしないが、慣れで対処できる程度のものだ。ここ暫くの戦闘で、俺達は一階を随分と楽に過ごせるようになっていた。
 その油断であろうか、俺はそいつの気配を先読みする事ができなかった。
 突然茂みから飛び出してきたそいつの巨体は、俺に防御の暇を与えなかった。受身こそ取れたが、全身に鈍い痛みが走っている。
 野獣、ではない。青い甲羅に巨大な鋏、陸棲の甲殻類が潜んでいたのだ。
「甲殻寄生獣、ゴーマ!」
 フィ=Irはどうせ口から出任せなので無視しておくが、甲殻類を相手にするのは厄介だ。何しろ、弓が通らない。剣にしろ杖にしろ、物理的な攻撃に強いのは、今の俺達には強敵だった(鞭は論外だ)。幸い相手は一体、騒ぎを聞いて他の獣がやってくる気配も無いが、今のままで勝てるのか?
「フィ=Ir、ロウタ、奴を引き付けろ」
「どうやって」
「知るか!」
 甲殻類の弱点は、口の中であるとか関節の継ぎ目であるとかだ。鎧を着込んだ人間も同じようなものらしいが、甲羅の隙間を上手く狙う事ができればあるいは……。
 俺の弓の構えに合点がいったのか、フィ=Irが弓で牽制をかけつつ、ロウタに視線を送った。矢を撃たれていきり立って突っ込んでくる蟹を、ロウタが盾で動きを止める。
 蟹はロウタの盾越しに、鋏でショーテルの如く斬りつけてきた。おかげで腕が伸びきっている。俺は鋏の真中を撃ち抜いた。
 関節を貫いた矢の痛みにのたうち回る蟹に、ロウタがふっ飛ばされてA・Yが駆け寄る。こっちの損害は大した事は無いが、これでは手の打ちようが無い。その内くたばるかもしれないが、放っておくのもまずい。屍骸を求めて他の獣が集まるだろう。この狭い通路でそういう事をされると、非常に困る。
「要は、ここで引導を渡せば良いんでしょ?」
 ペパラーが鞭を振ると、弾かれるかに思われた鞭は鋏に絡み付いて、そのまま引っ張る事で関節から引き千切った。ペパラーは鋏を回収すると、蟹に歩み寄って力任せに殴りつけた。お互いに悶絶する。
「ダメじゃん」
「いや、これで十分だ」
 巨大な鋏が無くなったおかげで、狙いやすくなった。ロウタが盾で再び動きを止めると、俺はとどめの一撃を見舞った。


 チームワークは優れている。しかし、火力不足は否めない。あの蟹との戦闘でそれが分かった。幸いあの蟹はあまり生息していないようだが、一階を探索した後は何らかの対策を練る必要があると感じた。
 南西のエリアには、やはり採取できそうな花が自生していた。先程の戦闘の怪我もあるので、俺達はそこで暫くの休息を取る事にした。
「ゆりえさん、樹海は楽しかですか?」
「……分からないですけど、『しにがみ』よりは楽しいかもしれないです」
「そうですか……」
 ロウタはA・Yをやたらに気にかけている。それは構わないが、どうも空気が和み過ぎる。
「それではここで一曲、『乾いた大地』を歌わせていただきます」
「乾いてねえ」
 ペパラーがフィ=Irを鞭で黙らせる。先程の蟹を破ったのもこの技術を活かしたものなのかと思うと、馬鹿らしくなってくる。
 そういえば、まだこの迷宮でステップを披露していなかった。密かに練習はしているのだが、相応しい舞台が無い。こういう雰囲気の中で細々と続けるのが正しいのかもしれないな……、俺はそう思い始めていた。
 俺が久しぶりに人前でやろうかと立ち上がった時、俺は周囲の空気が変化しているのを感じた。丁度頭の高さ辺りから、鱗粉が舞っているのだ。
「伏せろ!」
 俺は中腰の姿勢になって、周囲を見渡した。無害な野鳥や蝶が飛び回っているが、その中の蝶に毒々しい色使いのものが数匹混ざっていた。
「森林蝶、ではない……!」
「毒の蝶?」
 どうやら、休息しすぎたようだ。蜜を吸いに来たのか、それとも蝶も縄張りを持っているのか、随分と怒りを買ってしまっている。
 ロウタが膝を付いた。どうやらA・Yを庇って毒の鱗粉を吸ってしまったようだ。ロウタはA・Yに任せ、三人で蝶を狙う。
 先程の蟹と違い、小細工はいらない。ただ純粋に腕が足りない。ふらふらと飛び回る蝶に対して弓や鞭ではリーチこそ足りても、狙うのが非常に難しい。
「こういう時こそ歌でなんとかしろ」
「毒吸ったら嫌だもん」
 結局有効打が無いまま、消耗戦となって撃退した。ロウタを含め全員一命は取りとめたが満身創痍になっている。これ以上狙われたら敵わないので、休憩もそこそこにその場を退散した。
「不足、だな」
「そうね」
 ペパラーも同意した。他の人間も異論は無いようだ。
 このTriferonは防御や補助に特化していて、決定打が少なすぎる。強力な術式や、武器のプロフェッショナルが必要だと感じた。
 もうすぐ一階の探索も終わる。それに合わせ、新人を募集する事になった。
 新生ギルドTriferon結成につき、ソードマン及びアルケミスト求む。そんな張り紙が、翌日の冒険者ギルドに貼られていた。
 ……今時張り紙かよ。




 今回も実話です。蟹と蝶にメッチャ苦戦したので、ソードマンとかアルケミストを改めて育てようと思いました。というか、アルケミストを用意したところで「せっかくだから全部作ろう」でソードマンですが。
 なお、蝶相手には全滅していません。初全滅は確か鹿だったのではないかと。