世界樹の迷宮小説を目指す「Triferon」011

 前回までのあらすじ、君もショッカーに入って、人生を太く短く生きよう!


「ソードマン、アルケミスト募集。新生ギルドなので初心者でも構いませんが、即戦力となる気概を必要としています。待遇は応相談。詳しくはギルド『Triferon』もしくは代表のロウタまで」
 傀儡としてロウタを立たせておいたけど、実際この張り紙の通りに行動する必要は無い。というより、張り紙で悠長に待つよりも誰かを誘った方が早い。ロウタはたぶん、マイペースなんだろう。今日は執政院に行ってギルドとしての正式な手続きを踏んでいるが、そのまま休日にしてしまった。メンバー募集、改めて始まる冒険、そいつらへの準備日という奴ね。
 ならば私がする事は一つ。長く深い人脈を作る事。ギルドは内部からだけではなく、外部からもそう認識されるものだから、私が頑張れば自然とリーダーになれるって寸法。更に言えば、外部の人間も巻いてしまえばいいさ。
 酒場にはぞあすだけがいた。今日はいつものように踊っているのではなく、紙に振り付けのパターンを書いている。感性だけが芸術だけではないってか。研究熱心なのは良いけど、弓の腕も磨いて欲しい。
「他の連中は?」
「A・Yは施薬院で勉強だ。我流の実力は高いが、やはり基本から学ばせた方が良いだろうからな」
「……誰が言ったの?」
「フィ=Irだ」
 またあいつか。あの小娘、結構頭が回るからな。
 ぞあすは自分の芸術を自分の範囲だけで完結させてるけど、フィールには妥協というものが無い。芸術の為に石を食わなければならないなら食べるだろうし、A・Yに医療技術を学ばせるのも、そこから自分へフィードバックするつもりだろう。貪欲。
 しかし、A・Yが学ぶのは良い。医術だけじゃなく一般常識を身に付ければ、「死神」なんて不名誉なあだ名からも解放されるだろ。私達としても、超然的に「ぐるぐる」言ってばかりよりは付き合いやすいし。
「そのフィールは?」
「知らん。ここ暫く付き纏ってこないから、俺としては願ってもないがな」
「あらそう」
 フィールはぞあすのステップも盗もうとしていた。それが無いという事は、興味を失った?……考えられなくはないけど、それは違う、たぶん。なぜかって、私という「長さの達人」がいる状態で、ぞあすに飽きる事はあっても私に来ないというのはおかしいじゃない。
 となると、自分の趣味よりももっと重要なものがあるということ。
 とりあえず私は、ぞあすにTriferonの窓口を残しておいて、フィールを探しに酒場を出た。酒場にも張り紙はしてあるし、目ぼしい新人には声をかけた後だから、ここに居座る理由はあまり無い。
 いや待てよ。新人募集、多角的視点からの戦略会議、決定的な火力不足……、そんな中で、フィールは何かをしようとしている?あの小娘の性格なら、「創作の刺激だ!」とか言って喜んで新人発見に勤しむかもしれない。
 先を越されると、私の立場が無い。あんな小娘に、影の支配者になられては困る。


 街外れの迷宮入り口、丁度A・Yが「死神」としていつも見下ろしていた場所。今では誰もいないけど、街のちょっとした観察ポイントとしては絶好の場所。ただ、「死神」の噂はまだ残っているのか、暫くここに誰かが来た形跡は無い。縁起が悪いってか。
 私は死神が嫌い。死は「最も短い概念」だから。そういう意味では私はA・Yが大嫌いなんだけど、あの子は「死神」を「死の象徴」じゃなく、「輪廻転生の調整者」として考えていたんじゃないかと思う。単純に言えば死を認識していなかったんだろうけど、「ぐるぐる」の言葉はそういう無限を思わせるようで、なかなか気に入った。
 だから、今の私も「死神」の如く、街を見下ろす。「無限」に相応しい人間を探す。……なんつって、そんな事を考えるぐらい、今の私は暇だった。要は見晴らしの良い場所に移動したってだけ。
 しかし、暇だったからこそかもしれない。私は丘の向こうで発声練習に勤しむフィールを発見した。今までに何度か披露した歌とは違う、独特の言語。これは聞いた事がある。いつだったか旅に出る前、街に来た自称魔術師が怪しげな手品を披露する時に語った言葉。
 そしてフィールの横には、彼女を静かに見つめる少年の姿。更に少年の隣には、同じ年頃の少年剣士が素振りをしている。一体どういう関係なのやら。
 秘密の特訓の邪魔をするのはどうかと思ったけど、一応ギルドの管理を行う立場として、把握しておく必要があるのさ。私は「死神の崖」から降りて、丘に向かった。


「誰にも言わないで!」
 開口一番にフィールは言った。まあ、言ったところでどうにかなるわけじゃないし。
「で、何の練習してたの?オカルト、それとも手品、詐欺?」
「人聞きが悪いねえ姐さん。私はいつでも大真面目だよ?」
「真面目に不真面目してるでしょうが、あんた」
「そうとも、その名も怪傑ズバット!……じゃなくてさ、これでもちゃんとした修行だよ?」
「そうですよ。今練習していたのは、錬金術の初歩の言霊です」
 横から口を挟んできたのは、フィールを見てた少年。眼鏡とマフラーが印象的で、口調の割にはちょっと線が鋭い感じの、いかにもなインテリ理系。ちなみに少年剣士とは友達らしく、素振りを止めて私を観察してる。
「その錬金術で何を学ぶ?」
「古来より、歌は神や精霊に語りかける力を持つと言われ、神聖なものとされていたのさ。だからこそ、あたしは改めて勉強し直そうと思ってね。二、三日前からちょっと御教授してもらってるんだべ。上手くすりゃ、四大元素の力をある程度操る事もできるだろうさ」
「ええ。今でこそ錬金術の方に強くシフトしていますが、昔は魔術と言えば歌が主流で、僕達のような人間は手品師や詐欺師と呼ばれていたぐらいです。フィ=Irさんの知識と熱意なら、魔力を帯びた言霊を歌うようになるのもそう遠くないでしょう」
「ぬはは、そう褒めるでない。事実なんだから」
 なんてこと。このアホ女はメンバーの弱点を補うため、これほどの特訓を重ねていた。確かに「足らない部分を補え」とは言ったけど、そこまでやる気を見せてくれるとは……、ますます以って私の立場が無い。
「というわけで、まだ完成してないものを他人に披露する趣味は無いのさ。我が特別講師ナガタカとその盟友ブラスタの他にはな。分かったらとっとと帰れ。後でバナナ買ってあげるから」
「いるかんなもん」
「あ、いらない?それじゃあしょうがない。じゃあね」
 ……まあ、フィールが頑張ってくれるなら、今は良いのかもしれない。私は少しだけ納得のいかないものがあったが、その場を後にしようとした。
「……ところでナガタカ君、ブラスタちゃんも。あんたらどっかのギルドに入ってる?」
「入っていませんが」
 ん?
「そうかそうか。いや実はね、最近私のギルドでソードマンとアルケミストを募集してるんだよ。君達が来てくれるなら、こんなに嬉しい事は無いんだけど、どうだろう?」
「ははあ。僕は構いませんが」
「あ、私も。新人だからってどこでもなめられちゃっててさあ。でもフィ=Irちゃんがいるならちょっと安心できるかも」
「そうだろうとも。なあに、私もまだまだヒヨッコピョコピョコひよこ次郎。共に頑張っていこうじゃないか、そして掴もうあの星を!そして目指そう明るい社会!」
「ちょっち待ちたまえ!」
 私は回れ右した勢いでフィールの口を縛り上げた。
「もぎゃ?」
「そういう話はこの私を通してもらわないと!」
 よく見ると少年剣士はブラスタ君ではなくブラスタちゃんだったとか、そういうツッコミがしたいんじゃない。
 このままでは、本格的に私の立場が無いまま、フィールの傀儡にされてしまう。これから入ってくる新人には、私がリーダーである事を覚えこませておかなければならない。いいか、フィールはあくまでスカウトマン、じゃないスカウトウーマン。そして私が主役でリーダーの、ペパラーゼ。
「はあ。えっと……」
「ペパラーゼ。いい?ペパラーゼ。ペパラーでもペッパでも無い。最後の『ゼ』が大事。そして私こそがTriferonのリーダーでダークハンターのペパラーゼ」
「もんもんむっにゃんも」
「どやかましい」
 突然戻ってきた私に、二人は面食らっているようだが、この程度のインパクトはあった方が良いだろう。そうしておく。
「ええっと……、つまりペパラーゼさん。あなたに従えという事ですか?」
「従うというわけじゃないけど、リーダーでない人間の口約束で来られちゃ困るなあ、という話」
「それは当然ですね。では、改めてお願いできますか?ブラスタもそれで良いよね?」
「うん。ペパラーゼさん、あなたの眼鏡に適うかどうかは分からないけど、とりあえずよろしく」
「もいやもも」
 そんなわけで、私は二人の新人を連れて酒場に戻った。ぞあすに指摘されるまでフィールを縛りっ放しだったのはご愛嬌。だから、明日からフィールのあだ名は「犬」。


 ちなみに後日談。宿に泊まった時、フィールが私の部屋に訪ねてきた。
「あの事、話してないでしょうね?」
 どうやら、密かに修行をしていたのを、余程言いふらされたくないみたい。
「……そんなに話してほしい?」
「だから話さないでって。芸術家にとっては死活問題なんだよ」
 芸術家ってよく分からない。普段ならこんな問題は放っとくんだけど、フィールが微妙に大きい態度を取ってるのが気に食わなかった。
「どうしよかなあ?まあどうでも良いんだけど、うっかり喋っちゃうかもしれないしなあ」
「話したがり屋は若死にするぞ?」
「どういう意味さ?そんな程度で死ぬほど神経短くは無いわ」
「ところがどっこいお富さん。あの二人は誰が誘ってきたんでしょうね?」
 は。
 私は固まった。確かにそれは強力なカード。こいつ、私の計画に気づいているのか……!?
 確かにフィールは頭が良い。本気を出せば、いつでもこのギルドを支配できるのかもしれない。そのうちの一つが、新人を二人も同時に発掘するという実績。それだけではない、自らメンバーの弱点を補強しようという向上心と熱意。
「要求は……?」
「だからあ、黙っててくれりゃ良いのよ」
「本当……?」
「なんせ私は、きまぐれな芸術家だからな」
 それだけ言うと、フィールは出て行った。
 どうやら、「ギルドを長いもので巻く」計画は失敗に終わりそう。そんな事を感じた、ある夜。
 あの女め、やりおる。





 アルケミスト(炎系)のナガタカ、ソードマン(剣使い)のブラスタの登場です。たぶんナガタカって「永貴」とか書くんでしょうが、これも「いろんな言葉を名前に入れよう」という計画で考えた名前です。大元は、アンリミテッド:サガで「ヒロユキ」という名前が出てきて、それにちょっと感動したからなんですけどね(モロにファンタジー世界なのに、当たり前のように日系の名前を。元ネタは映画の役者の名前らしいです)。ファンタジーだからってファンタジーな名前に縛られる事も無いと気づかせてくれました。発想は自由でなければなりません。