迷宮小説なのかよ「Triferon」013

 前回までのあらすじ、揺れる純情と胸。


 幾つかのクエストを解決した次の日、私はTriferonの皆と二階に行く事になった。一度に大人数で探索するのは非効率とかいうので、五人がギルドの基本みたい。今回の留守番メンバーはぞあすさんとナガタカ。ナガタカを見ていられないのはちょっと不安だけど、ぞあすさんはあれで良い人みたいだから、たぶん大丈夫、たぶん……。
 見ていられないと言えば、ロウタさんとA・Yちゃんの関係も見ていられない。なんだか精神的にベタベタしすぎ。兄妹みたいで微笑ましいけど、どっちかが欠けたらえらい事になりそう。二人の馴れ初めはよく知らないけど、ロウタさんはたぶんA・Yちゃんの保護者みたいな感じなんだろう。……千尋の谷に落とすとまではしなくても、百尋の谷ぐらいには落とすべきだと思う。
 それにしても、ナガタカどうしてるかなあ。昔から本読むと夢中になって、腐った物でも平気で食べるし、変な奴によく絡まれるし、歩きながら読んだら隣町まで行っちゃうし。そうでなくても全然喋らないんだから、問題起こさなかった事の方が少ない。ぞあすさんはちゃんと見てくれるとは思うけど、やっぱり私がいないと不安だ……。
「そこのお嬢さん、何をぼうっとしておられるのかな?」
 フィ=Irがタンブーラをかき鳴らしながら私に話しかけてきた。樹海の獣が少ない事もあって、ちょっと遅れてたみたいだ。
「ごめん」
「ははは、さてはあれかね。遠き故郷に残した想い人かね。かの人の事を思うと夜も眠れず、やがて手が下腹部に伸びていき……」
「ドァー!」
 私が叫んでフィ=Irに飛びかかる前に、ペパラーゼの鞭がフィ=Irの口を縛っていた。良かった。こんなのA・Yちゃんに聞かれたら……と思ったら、ロウタさんがさりげなくA・Yちゃんの耳を塞いでた。
 三十歩ぐらい歩いてフィ=Irが解放されると、私は彼女に耳打ちした。
「私とナガタカはそんなんじゃないよ」
 ただ、幼馴染だから心配で、一緒に街まで来て一緒のギルドに入ったから、その責任を感じてるだけだ。本当にそれだけ。
「別にあたしはナガタカの事を言ったつもりは無いけどね。……ていうか、『遠き故郷』だしね」
「なッ……!」
 もう一回叫ぶか叫ばないかの前に、ペパラーゼの鞭がフィ=Irの口と、ついでに私を縛ってた。
「あんたら、うるさいよ」
 ……仰る通りで。でもフィ=Irは私を見てまだにやにやしてたから、誰にも見えない角度から靴踏んづけておいた。
 ペパラーゼさんは、フィ=Irを黙らせるのに鞭を使うのは練習ついでとか言ってたけど、もう十分以上に実戦で使えると思う。ひょっとすると、趣味なのかもしれない。そういえば、フィ=Irがいなかった昨日はちょっと物足りなさそうにしてたけど、今日は上機嫌だし。
 次に獣に襲われるまで、私とフィ=Irは伝承で語られる「電車」のように繋がれながら歩いたのだった。ナガタカに見られないで良かった。いや、聞かれないで、かも……いやいやいや。


 二階に辿り着いた私達は、フィ=Irにこれ以上ふざけないように言い聞かせておいた。ペパラーゼとのやり取りはじゃれ合いに近いものがあり、あまり効果が無いからだ。ブラスタはどうも遊ばれている節があるし、一応のリーダーである私が注意しなければならなかった。
 二階に入ってもあまり構造は変わらないようだ。ぞあすの探索能力が無いのは少々不安ではあったが、メンバー全員の成長を鑑み、またこの程度の浅層ならばレンジャー不在でも乗り切らなければ、どの道先は無いと考えての事だ。
 なお、ナガタカを入れなかったのには一応理由がある。言うまでも無い事かもしれないが、ナガタカはそれほどでもないようだが、ブラスタはナガタカを気にかけすぎている。仲が良いのは結構な事だが、今は友達や幼馴染ではなく、一つのギルドに所属している以上、お互い環境に慣れてもらわなければならないのだ。ペパラーゼも同じ意見だったので、今回はこの布陣となった。余談だが、その時にペパラーゼから「今度はお前が休め」と言われたので、そこは従っておく事にする。A・Yも私に依存してばかりでは成長しない。
 二階は主に通路が続く構造となっており、迷う程ではないが奇襲には気を付けなければならない。通路の一角にいた兵士にもだ。あまりにも違和感無く溶け込んでいたので、新手の獣か何かと身構えてしまった。
 兵士はどうやら私達に道具を売っているようだ。しかし商売という程の規模ではなく、武器か薬かの二択であった。その狭さと場所の唐突さから考えるに、冒険者の落とし物や不用品を再利用しているのだろう。武器は剣だったようだが、A・Yに対する牽制をこめて薬を売ってもらった。A・Yはそんな私を抗議の視線で見てきたが、そもそもこんな幼い子を樹海探索に駆り出すという時点で私は抗議したい。どうか理解してほしい。
 兵士のいる小道から若干歩いたところにある、多くの冒険者が踏み締めた跡のある通りに差しかかったところで、ペパラーゼが鞭を軽くしならせた。彼女なりの警戒の合図らしい。
「何かいる。大きい、プレッシャーという奴ね」
「私も感じた」
 ブラスタと二人で武器を構えるが、それらしき影は無い。となると、通路の向こう側にいるという事だ。
「十分に警戒せよ!この近くに死を意味する魔物が徘徊しているのだ!……逃げる事は恥ではない。まず、生きる事を念頭に置いて注意深く行動したまえ!」
 フィ=Irが緊張感のある口調で私達の現状を解説してくれた。ペパラーゼが軽く睨み付けるが、彼女は意に介さない。フィ=Irは常にこういう人間なのだ。
 どうする。フィ=Irの言う通り、逃げる事は恥ではない。探索の結果は芳しくないが、ここで引き上げるのも選択肢の一つである。しかし、死を意味する「その存在」が、必ずしも私達の胸囲となるかも分からない。いざという時は私が盾となれば、他の人間を逃がす事ぐらいはできるだろう。
 ペパラーゼとブラスタは戦闘に意欲的であり、A・Yとフィ=Irは静観している。前列組の勢いがあるので挑むのも悪くは無いが、私は考えた。こんな時、ぞあすなら何と言うであろう。ナガタカなら、どういう知識を披露するだろう。
「重要なのは、観察する事」
 どちらが言った言葉だったかは分からなかったが、私はそれを実践してみる事を提案した。
「……つまり、怒らせなければ良い、と?」
 私は肯定した。
 以前冒険者の捨てた靴の場所で、土竜達の縄張りを荒らした事でA・Yを危険な目に合わせてしまった。つまり、今回の「存在」も、縄張りのようなものがあれば、そこを通過するだけなら戦闘を回避できるのではないかという事だ。
「……気長な話ね」
「気長なのはむしろ大好きさね。その案、乗った」
 ペパラーゼの賛成も得て、私達は暫くそこで待機する事になった。時折獣が襲ってくるが、ブラスタも私達のやり方にかなり慣れてきたので、襲撃によって私達の調子を狂わされる事は無かった。
 A・Yは私を不安げに見ている。それはそうだろう。まだ樹海では浅い階層だが、子供にとってはかなりの距離だ。しかし、私達がいるから心配する事は無い。
「……ちがう。……『死神』がいる……」
「なに?」
 シンリンチョウに弓矢を放っていたフィ=Irが食いついた。申し訳無いが、A・Yの話は、聴く分にはフィ=Irの方が上手なので、私はA・Yを任せて前線の守りに着いた。
「『死神』が、ぐるぐるしてます……」
「……どの辺りをぐるぐるしてる?」
 A・Yは私達が今いる通路の端から端を指差していた。間に入ろうとした森ウサギを盾で妨害し、返す剣で斬り伏せる。
「なる程、ありがとさん。グッジョブだっぜ」
「はい、えへへ……」
 フィ=Irは満足そうに頷くと、私の横に戻ってきた。
「どうやらやっこさん、この隣の通路が縄張りらしい。ゆっくり回ってるだけだから、隙を突けば行けそうだって」
 毒吹きアゲハの毒を盾で散らし、怯んだところをペパラーゼの鞭が胴体を切断した。獣の襲撃はそれで止んだ。
「隙を突けば良いの?じゃあ行こう」
 ペパラーゼが早速提案するが、私は懐疑的だった。フィ=Irも同様に思っているようだ。
「そりゃあ隙を突けば先に行けるだろうけど、帰りもそれで良いとは限らないべ。大体、縄張りを一旦荒らしたらどこまで追っかけてくるかも分からないし」
 全くその通りだ。例え先に進めても、帰れなくては意味が無い。一応迷宮から脱出できるという糸を持っているが、いきなりそれに頼りたくはない。
「なら折衷案というのはどう?」
 ブラスタが提案した。
「難しい言葉知ってるね」
「ナガタカに教えてもらった」
 ブラスタの案はなかなか興味深いものだった。何、いざという時は私が盾になる。


 結局、その巨大な鹿の獣はその通路のみを縄張りにしているだけなようで、こちらから仕掛けない限りは敵意は無いようだった。足跡もその通路にしか無かったので、追ってくる事自体無いかもしれない。
 今回の収穫は、一体の獣の生態を少し知っただけだ。しかし、それでも十分な手ごたえを感じていた。そう、私達の冒険は始まったばかりなのだ。




 打ちきりじゃありません。まだ続きます。
 ここのところロウタの良いところが無かったので、ブラスタと対比する形で大人なところを見せてみました。実際のところは年齢不詳ですが、歳食ってるようにも見えるし、若いけど苦労してるから老けたのかもしれない、ぐらいの気持ちで考えています。
 ブラスタは本当にナガタカらぶなわけですが、今まで妄想にしろ個人的に書いた小説にしろ、最初からラブラブなキャラクターというのはあまり書いた事が無かったので、ちょっと新鮮な気持ちです。こんなベタベタな話なのに面白く書けるという、その事実だけでも儲け物だと思いました。
 なお、最初のF.O.E.は実際、生態観察してから無視しました。結局相手したのは二階を一通り探索した後だったと思います。その時でも辛勝でしたが、ちゃんとした戦略がまだ確立していなかったからです。