世界樹の迷宮小説を目指して幾十里「Triferon」014

 前回までのあらすじ、2階はあんまり語るところが無い。


 二階の探索は数日で大体終了した。やっぱり水晶で塞がれた扉がある事と、縄張りを持つ獣の存在が厄介だけど、今は無視。水晶はどうにもならないし、獣は刺激しなければ大丈夫だから。ちなみに、その獣はフィールが「エフオーイー」とか名付けていた。どういう意味か聞いたら、「震えるぐらい強くてお母さんより怖くてエジンベアの門番より律儀な敵」らしい。絶対嘘だ。
 まあ、次回はそいつらに挑もうか、それとも三階に足を伸ばそうかと考えているある日の事。私は気分転換を兼ねて、他のメンバーの様子を見に行った。
 ぞあすはこのところ、どんどん踊りが上手くなっているみたい。私にはそういうセンスが無いからよく分からないけど、昨日酒場で披露したらおひねりを貰っていたぐらいだから、それが進歩の証。フィールは相変わらずバックミュージックを頑張ってるけど、最近は自分も振りつけを入れ始めてきた。どうやら本気で踊りを盗むつもりみたい。
「歌で力を得られるのは良いんだけど、踊りでも同じ事ができないかな〜って思って」
 それは良い事だ。。ただ、そうなると私は口封じだけではなく足封じも練習しなければならない。……あれ、私の目的はなんだっけ?
「ペパラーさんも踊ってく?ディスコでフィーバーしとく?」
「いや、いらん。……あんたらこれからどうすんの?」
「もう暫く練習してるわ。ペパラー殿も頑張りなっせ。何を頑張るか知らねえけんどもよ」
 ぞあすは特に喋らないけど、異論は無いみたい。……なんだかんだで相性良いのかもねえ。


 施薬院ではA・Yが毎日勉強に来ている。読み書きは簡単なものしかできなかったので、最初は専門書を読むのも難儀な状態だったけど、ほとんど本能で学んでいるみたい。覚えは良いんだけど、順序がメチャクチャなんだとか。未だに基本的な薬の成分を覚えてないのに、勝手に調合をして、しかもそれが新たな発見のヒントにもなっているようで、ここ最近の施薬院は妙に活気が溢れている。
「もし彼女が樹海探索を止めるとしたら、是非ここに来てほしいな。医学薬学界にとっての宝になるかもしれない」
 ドクターキタザキはそう言うけど、A・Yは当分探索を止めはしないだろうし、その後の進路だって私達が決められる事じゃないと思う。世話をするべきだとは思うけど、どういう道を示しても違うっていうのか、私には上手く表現できないけど、そんな感じ。
「ところで、『死神』の噂はどうなってます?」
 ドクターは最初からA・Yを「死神」として見ていなかった、ほとんど唯一の人間。そういう意味ではロウタよりも重要な存在。医者としてもその手のあやふやな存在はアレだろうし、ちょっと聞いてみた。
「少なくともここでは、その手の話はもう聞かないね。たまに冒険者が彼女の顔を見て驚いたりしているが、その反応も大人しくなっているよ」
「そうですか。……しかし、人の噂程長続きするものはありませんから、油断はできませんね」
「重要なのは、君達ができるだけ連れ歩き、『死神ではない人間』として振舞わせてあげる事だ。君の言う通り噂はなかなか消えないが、新しい噂で塗りつぶしてしまう事はできる」
「分かりました、ありがとうございます」
 やはり、お医者様の言う言葉には含蓄がある。私は素直に礼を言った。
「……ふむ、せっかくだ。……A・Y君!今日はもう終わりだ。ペパラーゼ君と一緒に帰りなさい」
「はーい」
 ドクターの言葉に、A・Yがフラスコを振り回しながらやってきた。怪しげな液体も中に入っているのだが、「円の力」によってこぼれてはいなかった。危ない奴。
「宜しいのですか?」
「新人教育ばかりしていると、ここが医学学校に思われるものでね。A・Y君の弟子入りは特別だ」
「はは、すいません」
 冗談混じりにドクターは笑っていた。確かに最近の施薬院はどこか活気があり、若い学生達の研究室に見えない事もなかった。
 A・Yはフラスコを返すと、ここの仕事着を脱いでいつもの白衣もどきを羽織った。樹海探索用に丈夫な素材になっていて、あまり派手なデザインでない事もあり、A・Yは普段からこの格好だ。ちなみに私はいつもの黒いのの上にロングコートを着てる。さすがにあんな格好そのままでは街中を歩けない。
「帰るんですか?」
「ん?……せっかくだから皆の様子を見に行くわ。来るでしょ?」
「はい」
 そういや、A・Yと二人で歩くのは初めてかも。いっつもロウタの横にくっ付いてるから。
 たぶんA・Yにとって、ロウタはお父さんだ。じゃあ私は……、母親って感じじゃないな。


 ロウタと言えば、何故A・Yはロウタに懐いてるんだろう。フィールが聞いたところによれば、ロウタが「初めて名前を呼んでくれた人」らしいんだけど、ロウタはこの子の事を「ゆりえさん」とか呼んでる。Yがゆりえなのかとも思ったけど、どうもそれも違うみたいで、なんだか分からない。きっと、本人同士にか通じないシンパシーがあるんだろう。
 でも、仲の良さで言うならフィールの方が良いと思うのは私だけだろうか。ロウタ自身は子供の扱いにあんまり慣れていなくて、時々反応に困ったりしてる。でもフィールは……そう、同類。年上の癖にA・Y以上に子供になれる、バカっぽい人間。……そう考えると、友達と保護者は違うという事かな?
 その話題の人であるロウタは冒険者ギルドにいた。元冒険者でもあるガンリューギルド長から戦略や指揮についての話を聞いていたみたいで、抜けてる癖にそういう責任感はあるんだよなあ。まあ、抜けてる部分は私がフォローするとして……、ん?これだと私がリーダーという事には、ならないよね?二人で運営するみたいになる。…………まあいいか。こだわりすぎないのも長生きの秘訣。
「冒険に必要なのは、何よりもバランスだ。誰か一人が突出して強くとも、狭く深い迷宮の中では大した活躍はできないからな」
「なるほど。ではオールらウンダーとプロフェッショなるではどちらが有効になるのでそうか?」
「どちらも必要だが、いざという時は専門家の方が良い。お互いの利点をよく理解してチームワークを身に付ければ、多少偏っていても構わないさ。…………ただ、そうくっ付きすぎるのはどうかと思うがな」
「やはりそう思いますか」
 A・Yは椅子に座って真面目な議論を続けるロウタに対し、後ろから抱きついたり髪の毛をもしゃもしゃしたりしている。今のロウタは迷宮内と違って鎧を着てないから、いつも以上にベタベタしてる。割と良い歳の筈なのに、こうやってると五歳ぐらいにしか見えないな。人のぬくもりに飢えてるのか?
「ゆりえさん、離れてくんなまし。今は真面目なお話にゃのですかれ」
「えー、やだやだー」
「せうがないですね」
 顔だけ見ると可愛らしい天然馬鹿少女と、喋らなければカッコ良い田舎青年が(やや一方的に)じゃれ合う姿は、どうコメントしたものか分からない。なんていうのか……、周りにお花畑が見えるよ。
「…………あー……」
「ゲフンゲフン」
「ああ、申し訳ありゃせん。続きをよろしくお願いしまう」
 ガンリュー殿は明らかに興を削がれていた。A・Yを剥がすか?……いや。
「すいません、また今度お願いします。……行くぞ、ロウタ」
「え?……は、あい。それでは、申し訳ありゃせんが」
「あ、ああ。またいつでも来い」
「さよーならあ」
 私はお父さんと一人娘を無理矢理に引き取って、次の場所へと向かった。なんだろうね、この人達。


 別にロウタとA・Yは引き離しても良かったんだけど、連れていくのには理由がある。この先の丘で自主練習しているブラスタとナガタカだ。あいつらはあいつらでプラトニックな恋愛事情を抱えてるみたいなので、こっちのベタベタっぷりを見せ付ける事で何かの反応が得られないかと思ったのだ。遅れて入ってきた二人にフレンドリーなところを見せる、という意味もある。どうなるかは知らない。
「こんにつは。ブライスターさん、ナガオカさん」
 ロウタの訛りっぷりは最早尊敬に値すると思う。ナガオカなんて別人になってる気がするし、ブライスターは私でも知ってる伝承に出てくる船の名前だ。
「何かあった?」
「いや、別に用は無い。しかし、休みの日だってのに修行とは熱心な事」
「毎日欠かさずが重要なの。あなたにも分かるでしょ?」
「確かに。だが、何事も程ほどにな」
 ブラスタは割とくだけた話し方だけど、話しやすいというよりは敬語が苦手なタイプ。言葉をあんまり知らないんだろうね。ま、A・Yという厄介ものがいるから、別に気にならないんだけど。
「せっかく来てくれたんだし、いっちょ模擬戦でもやってかない?」
 血の気の多い奴。剣の道は遠く長いってか。
「まあ良いよ」
「よっしゃ。ナガタカ、審判やって」
「はいはい。それじゃあ、先にダウンした方が負けで良いですか?」
 了解。
 ブラスタが今持ってるのは修行用の木刀と盾。両方とも若干重めな筈だから、まともに食うと痛いかもしれない。ちなみにこっちはいつもの鞭は持ってないけど、長いものを携帯しなかった事はただの一度も無いから大丈夫。今回は殺傷力の低い、丈夫さだけが売りみたいな奴で。これならブラスタとも釣り合うだろう。
 あと、ロウタとA・Yは相変わらずじゃれてると思ったら、広い丘に出て解放感を感じたのだろう、A・Yがどっかに走り出してロウタが追っかけてる。なんだ、やっぱりじゃれ合ってるんじゃない。
 決着はあっさりついた。剣捌きはなかなかのものだけど、動きがまだ直線的だ。素振りばっかりしてて、実戦経験が少ないからだろう。私は突進攻撃をかわすと、鞭で足を絡め取ってひっくり返してやった。
「……痛ぁ……、でも、まだまだ!」
「ブラスタ……、君の負けだよ」
「そんな、でも……!」
 ははーん分かった。こいつ、良いとこ見せたかったんだ。悪いね、空気読めなくて。
「まあまあ、負けは認めた方が良いよ。男を下げるぞ?」
「私は女だ!」
「男にしろ女にしろ、潔い子の方が可愛いだろうに。ねえ?」
「あ、はい……。そうですね……」
 ナガタカは私の方をあんまり見なかった。言葉もどこか上の空って感じだし、なんかあったのかねこの男は。
 ……あれ、ブラスタが私を睨んでるよ?そんなぁ、不可抗力だ。私はいろいろと悪くない。あんたがいろいろと実力不足だからいけないんだ。
 そういや、ロウタとA・Yを連れて行っても、別にどうにもならかったな。


 その後、私達は成り行きで風呂に入る事になった。といっても宿にある、冒険者用の大浴場だ。貧乏人は数日に一度しか入れないのさ。まあ久しぶりの休みだし、結構汗をかいたし、丁度良いだろう。
 ちなみにナガタカ曰く、昔の人々はあんまり風呂に入ってなかったとか。他人に裸を見せるのははしたないであるとか、いろいろと体面を気にした話らしい。じゃあ体臭はどうしてたかというと、香水で誤魔化していたという事。でも香水でどうにかなるのは臭いだけで、清潔にした方が病気とかかからないし、段々風呂は文化に浸透していったと。今では、余程水が貴重な地域でない限りは風呂は普通に使われてる。
 ちなみに、エトリアの街ではそういう文化が生まれるかなり前から入浴の風習があったそうな。樹海探索による汚れは風呂に入らないとどうにもならない部分があるし、医学も発達してるから別におかしい事じゃないと思ってたんだけど、どうもそうではなくて、執政院の長が言い出しっぺみたい。やはり長たるもの、いろいろな知識を身に付けてるって事か。
 浴場に行く少し手前で、ぞあすとフィールにまた会った。ぞあす曰く「こうなるだろうと予想していた」らしく、マイタオルやマイ石鹸まで常備していた。こだわりますなあ。
 どこぞの地方では男女が一緒になって入る事もあるらしいけど、エトリアではそうでもなくて、普通に別だ。まあ私は女の裸にも男の裸にもあんまり興味が無いから、どうでもいいんだけど。いや、「裸の付き合い」ってのを一度やってみたいから、混浴でも良かったかもしれない。大浴場ならいろいろな話ができるからね。
 そんなわけで、ロウタとぞあすとは途中でお別れ。女湯に入るのは私とA・Yとフィールにブラスタ、それとナガタカだ。さっさと服を脱いで、長い髪をとき、浴場に入った。浴槽ではしゃぐA・Yを適当に注意しながら、私は湯を一杯浴びた。
 ……………………あれ?
 ナガタカ………………?彼が?…………彼女?
「何呆けてんでペパラー?……アレか。逞しい男の裸を見られないのがそんなにショックか。まあそれはしょうがないよ。だって我らがペパラー様の裸体を一度拝めばうちのギルドの朴念仁共も、男の男たる部分を逞しくせずにはいられないから、それはあまりにも残酷だからねえ。絵に描いた餅よりひどい……」
 私はようやく意識の渦から脱出すると、鞭の代わりに濡れタオルでフィールの口を封じた。なんだか痛そうにしてたが、知った事ではない。
「あの、どうかしましたか……?」
 私の呆けた原因であるところのナガタカが心配そうに聞いてきた。いつもの眼鏡を外し、細っちょろい肉体にほんの僅かな凹凸を見せる肢体。その腰つきや僅かな胸のふくらみは、間違い無く女性のそれだった。大体、男なら付いてるものが目の前の人間には付いてない。
「あ、あの……僕が、何か?」
 私が容赦無く視線を浴びせるので、恥ずかしそうに体を隠した。その仕草も、やっぱり女だ。これで男だったら絞め殺しているぐらいに女っぽい。
「そんなに、見ないでください……」
「あ、ごめん……。いや、細くて可愛いなあって……」
 ついオッサンみたいな言い訳になってしまった。ナガタカもますます小さくなってしまったし。
「そんな、ペパラーゼさんの方が、女の子っぽくて……」
「………………」
 むう、とため息を漏らしそうになった。なんかこう、こいつは、アレだな。
 私がますますオッサンみたいな思考回路になって観察してると、ブラスタが横から出てきてナガタカを引っ張った。
「ほらナガタカ、そんなとこにつっ立ってないで。背中流したげるからこっちこっち。……何見てんの?」
「いや……、スイマセン」
 ブラスタは、比べるつもりは無いけど、私に次ぐぐらいのスタイル。普段の格好と言動は男っぽいけど、まあ、明確に女なわけで。
 そうなると、ブラスタのその思いは、友情、なんだよな……。やけに楽しそうな顔でナガタカを洗ってるけど。ナガタカは俯いてて顔が見えないけど。
 ………………。
 まあ、いいか。今は何も言うまい。
 私はすっかり冷えていた体に再び湯を浴びせ、体を洗おうとして、タオルをフィールに巻きつけたままだった事に気づいた。余程美しく決まっていたのか、フィールはすっかり息を止めていた。あと少し遅れていたら危なかったかもしれない。
 おかげでA・Yの医療知識の進歩を見る事ができた。あそこまで手際良く蘇生できるなら、もう一人前の冒険者だな。
 ははは……。




 私は最初、眼鏡のアルケミストも男だと思っていました。そしてブラスタとセットで作った時は「せっかくチェイスとかで活躍するんだし、きっと親友なんだろうなあ」とか考えていました。でもブラスタが女(赤い方)だと気づいた時、「男女ならきっと恋仲なんだろう」と思い直しました。
 で、私が眼鏡アルケミストを女だと気づいたのは大体この時期でして、じゃあ百合になるしかないじゃないか!とアスラン・ザラの如き結論に至ってしまったのでした。別に趣味ではありません。ちなみに、「脳内男設定でも良いんじゃない?」と気づいたのはクリア後でした。その頃には一通りキャラクターが出来上がっていたので、「まあいいか」と。
 ちなみに、よつばと!7巻を買ったので、しまうーのネタをこっそりロウタに喋らせています。しまうーは妙にナイスキャラですよね。こんな子、学生時代に何人かいましたし、あだ名の付き方もいかにもという感じで、結構懐かしくなりました。