世界樹の迷宮小説にすらなれないこれはもっとアレだと思う「Triferon」025

 前回までのあらすじ、別に書く気が無くなってきたわけじゃないんだけどね。


 エトリアには多くの冒険者が訪れる。「樹海」と呼ばれる大迷宮の神秘を解き明かそうという者、そこに付随する富や名誉を求める者、そういった奴等から金を巻き上げる悪党……、目的は違えど、皆同じ冒険者である事に違いは無い。
 しかし、皆がそういった目的を持っているわけではない。先に挙げたような冒険者は、内容はどうあれそこに「希望」を見ている。その意味では幸せ者であろう。
 中には切実な事情を持つ冒険者もいる。故郷を追われた者、出稼ぎに来ている者、他の冒険者に紛れて逃げ延びようとする犯罪者もいるという。彼らの中に、どこまで希望があるのかは分からない。また、決して解明されない樹海の巨大さに絶望する冒険者も少なくはない。
 ここに一人の若者がいる。名はニィルダステ。彼は他の多くの冒険者と同じように「希望」を持ってこの街にやってきた。
 だが、今彼の心は絶望に満ちていた。


 一見するとただのソードマンである。屈強さと動きやすさを兼ね備えた鎧や、鍛え抜かれた肉体を見るに、なかなかの実力を持っていると皆が思うであろう。
 しかし、彼は普通のソードマンではなかった。事件があればいつどこであろうと、自転車修理マンに変身するのだ彼の背負っている自らの得物は、巨大な斧である。
 そう、彼はソードマンではない。その背中の斧から分かるように、本当は木こりになりたかったのだ「アクスマン」なのだ。そして、それこそが彼の心を絶望に満たしているのだ。
「ええ、あれは二週間程前の事でした……」
 冒険者ギルドの代表(プライバシーの為名前は伏せさせていただきます)は語る。
 ニィルダステがギルドの登録にやってきた時、自らの職業はアクスマンとして登録しようとしたが、その日には登録が少なかったので、受付は「そんなものにきょうみはありません」とぞんざいな扱いをしてしまったのだ。実際、斧を専門に扱う職は無かった。
 止むを得ずソードマンになった彼だが、ここで一つの問題が発生した。ギルド向けの彼の履歴書を作成する際に「特技、斧」と書くのを忘れてしまったのだ。
 履歴書は、お互いの情報を知らない冒険者達が理解を深める為に欠かせないものである。共に命を預ける冒険者なので、履歴書一枚だけでは当然決められないが、冒険者は星の数ほどいるので、まずは履歴書で絞り込むのが基本である。足で探すのは樹海の中だけで十分だ。
「勿論私はすぐに対応しましたよ。でも、当の本人がどこかに行ってしまったものですから、履歴書の直しも渡せないままになってしまいまして……」
 現在、受付は別の人間が行っており、当時の受付は別の仕事に回っている。そして受付の机の中には、誰の手にも渡らない履歴書がひっそりと眠っている。


 ニィルダステは今日も酒場にやってきた。日中は街外れか樹海の浅層でトレーニングを重ね、夜になると宿に帰る。その前に一杯やるのが日課になっていた。それは「誰かが声をかけるだろうか」と空虚な思いを持っていたからでもある。
 今の世の中、アクスマンは流行らないのだ。冒険者に通じるギルドのあの扱いで分かってしまった。剣に比べて出足が遅く、技も「単体への重い一撃」しか編み出せない、何よりカッコ良くない。
「いつの時代も、斧使いは冷遇されたよなあ……」
 ニィルダステはふと、昔の事を思い出していた。
 ニィルダステが旅を始めてすぐの頃は他にも多くの仲間がいて、旅人というよりは一つの軍といっても良い規模だった。そして、彼の他に三人の斧使いがいた。彼らはとある傭兵団を結成しており、リーダーの剣の達人を慕う好漢ばかりであった。
 だが、彼らは次第に忘れ去られていった。そこにいないわけではないのに、一団が大きくなっていくにつれ、身軽な騎兵や剣使いばかりが優遇されていったのだ。ある時などは、偶然強力な斧を入手したにもかかわらず、斧使いの手には渡らず、軍資金にされてしまったほどである。
 死にはしなかった。だが、それは深い絶望も無い代わりに激しい喜びも無い、植物のような人生であった。彼の斧使いは後にそう語った。
 ニィルダステはその後も様々な土地を旅した。そして分かった事は、時代が進むにつれ斧使いが冷遇されていくという現状であった。
 かの軍が二年後に再び戦いの狼煙を上げた時には、斧使いは一人も呼ばれなかった。別の大陸での戦では、斧使いは野党や盗賊にしかいなかった。更に別の話では、斧使い自体は修行して強くなったにも関わらず、今までの斧使いのイメージから、ほとんど使われる事は無かったという。明確な差別意識が人々の間に生まれている証拠であった。
「斧が強かったのは、城の中だけだって、さ……」
 とある地方の鞭使いは城攻めをする際に、様々な武器を駆使したという。その中で特に有効だったと言われるのが投げ斧である。高い威力と広範囲への攻撃が可能な斧は鞭使いの家に代々伝えられ、生涯共にあったという……。
「それなのに俺は……」
「毎日ヤケ酒をかっ喰らう毎日である、と……」
 突然の声に、ニィルダステが顔を上げた。いつの間にか席の向かいに冒険者らしき二人組が座っている。一人は貴族らしき立ち振舞いをした若者、もう一人は旅芸人の一員と見紛う踊り子のような少女であった。
 今までにも何人か、声をかけてきた冒険者はいた。しかし、自分がソードマンではなくアクスマンである事を明かすと、なんだかんだと理屈を付けて去っていくのだ。だから最近では半ば諦めの視線を持って相手を迎えるようになっていた。自分でも期待しているからこそ酒場にいるにも関わらずに、である。
「君の事情は分かった」
 貴族が言う。
「何が分かるって言うんだ?」
「斧使いは冷遇されるという事だよ」
「私達はそんな事はしないわ。これから険しくなっていく探索に対し、私達も様々な戦略を練らなければならないの。その一環として、斧使いが必要」
 踊り子は似つかわしくない知性で以ってニィルダステを誘ってきた。少なくとも、今までに無かったパターンである。
「……戦略に斧が必要だと言ったな。それは斧使いの特性を知って言ってるのか?」
 冒険者達が斧使いを敬遠する確実な理由として、チームワークが期待できないというものがあった。七つの職業はそれぞれにお互いを補う役割を持っていたり、他にはできない特別な力があったりするが、斧使いにはそれが無い。ただ一人の敵を打ちのめすのみなのだ。それが悪いとは言わないが、戦略に組み込むには些か使い勝手が悪い。
「過小評価しているのは、自らの実力か、それとも斧自体かな……?」
「……なんだと?」
「少なくとも、我がリーダーは斧使いを戦略に組み込もうとしているわ。この御時勢でわざわざ斧を使っているのに、どこのギルドにも参加せず、何も有効な策を考えないなんて、それは怠慢じゃなくて?」
「言わせておけば!」
 ニィルダステが椅子を蹴って立ち上がった。
 酔った上での騒ぎ等日常茶飯事であるこの酒場では、この程度では騒ぎにはならない。精々近くにいた客が迷惑そうに視線を向けるだけだ。
 しかし、目の前にいた冒険者達は動かなかった。
「やる気はあるようだな。……どうだ?その力……、燻っているのだろう?」
 貴族はあくまで落ち着き払いながら、どこかニィルダステの神経を逆撫でする。
「このままここで死に続けるぐらいなら……、私達の為に使ってみない?」
 だが、少なくとも冷やかしではない。ニィルダステと斧使いに対し一定の評価と価値観を持った一団である事は理解できた。ただの仲間集めではない目的意識があった。
 斧使いとしての誓いは一つ。目の前のものを打ち砕く事だけだ。ニィルダステは今、一つの選択を迫られていた。
「我々は、ギルド『Triferon』。樹海の謎を解き明かすべく集まった精鋭集団だ。だが思想は問わない。自らの腕に覚えがあれば、来る者は拒まない。ただ未熟者が脱落していくだけだ」
「あなたも、斧使いを自負しているなら……。私達はいつでも待っているわ」
 そう言うと、二人組は酒代にしては多い代金を置いて出て行った。
 酒場の喧騒が、二人組の臭いを消していく。一人の男の胸の内を除いて……。
「自負するなら……か……」
 燻っていたものに、小さい火が灯った。


「……それでは登場していただきましょう!アクスマンのニィルダステ君でーす!ハイ皆さん拍手ー!」
「あの、メッチャ出辛いんですけど……」
「私もフィクソンさんも、あないな会話しとらんでえすよ?」
 ……俺の名はニィルダステ。「斧使い募集」の張り紙に惹かれてやってきた、善良な一般冒険者だ。
 「歓迎会をする」と踊り子っぽい姐さんに言われて待ってたら、いつの間にかわけ分かんないストーリーを語られていたみたいだ。横にいた貴族の兄さんは良い人そうだから期待してたのに、どんな新人歓迎会だ?やっぱりアレか?一発芸とかしなきゃならないのか?勘弁してくださいよ……。




 次回、ニィルダステ(ソードマン男、青い方)登場編です。こうご期待。
 なんつって。全編フィ=Irの語りだったわけですが(口調とかがちょっと違うのは演出という奴です)、大雑把なストーリーは同じなんじゃないかなーと思って書いていました。嘘です。冒頭の自転車修理マンがやりたかっただけです。「本家でもモンティ・パイソンのネタがあったんだから、こっちでも入れようかなー」と思ってパッと思い付いたのが、何故か木こりではなくて自転車修理マンだったのです。あと、ファイアーエムブレムで斧使いが冷遇されているのが我慢できなかったので。
 自慢じゃないですが、私はトラキア776をダルシン主力でクリアした程の斧好きです(オーシンとブライトンも主力)。封印の剣のハードモードのラストメンバーはロットでした(ノーマルはオスティア重騎士団三人が同時に主力。当然ジェネラルで斧持ち)。特に封印の斧使いはメッチャ強いのに、「戦士」っていう言葉の響きだけで冷遇されるってどんなですか。強い男に入れ込みすぎて、周りの戦士はヘナチョコばかりですか。
 そんな訳で、苦労人のアクスマン、ニィルダステが参加しました。わーい。君はこれから私の斧への愛を熱く語ってもらうので覚悟しやがれってさ。