世界樹の迷宮小説よりもっと小さい説話「Triferon」027

 前回までのあらすじ、休むつもりは無かったのに翌日になってしまったからこれで埋めておこう。


 探索が進み、九階に到達した頃になって、執政院から呼び出しがかかった。オレルんの顔なんぞはちいとも見たくなかったけど、どうも今までと事情が違うみたいだから行く。この私、ペパラーゼとロウタ、あと新人の顔合わせって感じでニィルダステも連れて行く。まああのオッサンに顔合わせしてもしょうがないんだろうけど、新人の癖にあのアホの顔を拝んでいないのは不公平だからな。
 聞くところによると、十回の奥地にスノードリフトのような獣の大将がいるらしく、多くの冒険者が命を落としたとかなんとか。あのボケ虎との違いを言うならば、踏ん反り返ってるんじゃなくちゃんとした大将って事で、おかげで十一階以降にはほとんど進めなくなっていると。
「まあ、要するに私達が退治しろ、と」
「そういう事になるな。また、このミッションに対し長から話がある。心して聴き給え」
 そういってオレルんは引っ込んでいった。その後姿めがけて鞭を一閃……はしない。さすがに。
 代わりに出てきたのは、長のヴィズル殿。前に一回ぐらい会ったっけか?まあどうでもいいんだけど。それより気になるのは、長というよりは歴戦の冒険者みたいな不思議な威圧感。カリスマ……とはちょっと違う気がする。何にせよ、一つの街をまとめるだけあって、只者ではないって事で、横にいる田舎貴族とは全然違う。……ってオイ、平伏すな恥ずかしい。
「君達がケルヌンノスを退治してくれるという冒険者か。……かの魔物は、古の神の名を借りてケルヌンノスと呼んでいる」
「どんな神様ですか?」
 私はなんとなく気になった。横の男二人は「長に向かって何て言葉を」みたいな顔をしてる。……スノードリフトを退治して以来、上に立つ者には疑問を挟まずにはいられなくなってる。だから許して。
 ヴィズル殿は「冒険者がそんな事を知ってどうするんだ」というやっかみの視線で私達を見やったが、私があくまで涼しい顔で「教えてオーラ」を放っているのを感じ取ったのだろう、ため息一つの後に話し始めた。
「……生き残った冒険者の描いたかの魔物の姿は、巨大な角と山羊のような顔を持つ獣であった。それに近い姿を持っていた神の名が、ケルヌンノスだ。狩猟の神であったとも、獣達の王であったとも言われている。尤も、古い伝説なので詳しい事は分からないがね」
「どんな本に書いてありました?」
「……それを知ってどうする?」
「……いえ、仲間の一人にそういう話が好きそうなのがいるものですから、教えてやったら喜ぶかなあと」
「…………残念だが、私もこの街の長になる以前、旅先でたまたま聞いただけの話でね。『たまたま』覚えていただけの話だよ」
「そうですか、それは残念」
 私はそこで引き下がったけど、どうもこのやり取りでヴィズル殿は少々ヘソを曲げてしまったみたい。大雑把なケルヌンノスの特徴や生態を話すととっとと帰ってしまった。最後に、
「レンとツスクルという二人組の冒険者を知っているだろう。彼女達は第三層以降にも到達している。今回の討伐は君達に依頼しているが、良ければ彼女達にも話を聞くと良い」
 と言い残して。
 入れ替わりでもう一回オレルんが来ると、横の二人は糸が切れたみたいに姿勢を崩した。おいおい、いくら長との話が緊張したからといって、それはオレルんに失礼だぞ。もっとやれ。
「さすが長は物知りですな」
「勿論だとも。だが、その知識をやたらにひけらかさないからこそ長足り得るものだ。これからの言動はもう少し慎み給え」
「……あんたへの皮肉のつもりだったんだけど」
 いい加減、あのやる気のない図鑑の説明文なんとかしなさいや。
「勿論そんな事は分かっている。しかし私は実質的にこの執政院から外に出る事はできない。君達が外部から知識を持ってきてくれなければ、すぐに付いていけなくなる程度の人間でしかないのだ。というわけで頑張り給え」
 ……悪知恵だけは働くな、こいつ。


 お勤めを果たした私達は、まず酒場に行く事にした。ケルヌンノス対策なら夜に宿で話せば良いだけだからどうでもいいし、私達は暇な時は訓練してるような変人ばっかりだから酒場に行っても全員いないんだけど、これは別の目的。
 途中の道でニィルダステがやたらと肩の調子を確かめていた。新人君には相当こたえたみたい。
「先輩、俺を殺す気ですか?」
「やかましいよ。斧使いってのはあの程度で潰れる神経しか持ってないってのかい?」
「全然そんな事ぁありません!でも、物事には順序ってもんがありましてですね……」
「順序?」
「そうです。まずは執政院のオレルなんとかいう人に五人ぐらいで会って、それから施薬院のドクターからありがたいお話を聞いて、次はギルド長のガンリュー殿に昔話をしてもらい、その次ぐらいです。長と会うのは。ハード・ランディングは心臓に良くありません」
「……なるほど、それもそうだね。ごめん、今度から気をつける」
 何事も順序か、それは良い話だ。近道は近道で良いけど、寄り道じゃないなら長い方が良いに決まってる。……それにしても、ニィルダステがどういう風に世間の人を見てるかが図らずも分かってしまった。分かったからといってどうするわけでもないけど。
 私があっさり肯定した事に対してニィルダステは拍子抜けしてたみたいだけど、私にしてみれば、ここまで一回も言葉を発していないロウタの方がどうかと思うよ。こいつ、ホントに権力者?


 酒場にいたのはぞあすとフィール、それとA・Yの三人。あの二人はまた駆け落ちかね。御盛んな事。
「お帰りなさい」
「………………」
「ロウタさん、お帰りなさーい」
「……………………」
「お帰りんこー!」
「…………!……てゃーいま、帰りました。施薬院の方は?」
「今日の分はもう終わりました」
 A・Yめ、最近語彙が増えてきたような気がするな。言動自体は相変わらずなんだけど、常識的な感性も持ち合わせるようになったっていうか。むしろ訛りの抜けないロウタの方が馬鹿に見える。
「ペパラーゼ君もそう思いますか」
「人の心を読むな」
「あれ?当たった?……ていうか、えーちゃんに慈しみの目線を注ぐならそんなところでしょ」
 ちっ……。
「それより、ちょっと聞きたい事があるんだけど。ぞあすも」
「なんだ?」「食いもんの話?」
 わけの分からない冗談を飛ばすフィールをすっ飛ばし、私はさっきの話をした。
ケルヌンノス……。俺は知らないな」
「そうか、レンジャーなら親戚みたいなもんだろうと思ったんだけど……」
「まあ、俺とて狩猟の全てを知っているわけではない。機会があれば調べてみよう」
「ありがと。……フィールは?」
「記憶にゃないねえ。伝説の類なら全部頭に入ってるつもりだったけど……、修行不足かあ。ナガタカにも聞いてみちゃどうだべ」
「そのつもりだけど……、そんなマイナーな神の名前なんか出してどうするんだろ?」
 他に考えられるのは、「そんな神はいない」。だけどこの線はさすがに無いと思う。その場のハッタリで乗り切るような長には、あんな威圧感は出せない。たぶんだけど……。
 ケルヌンノス、恐らくは強敵で、樹海探索を目的とする街にとっては目の上のたんこぶなんだろうけど、今の私にとってみれば、たんこぶはもう一つあるようだ。




 ケルヌンノスというのはケルト神話における狩猟の神の名です。といっても詳しい事は私も知らないので、そのままヴィズル殿に喋らせてみたり。ファンタジーの世界ですし、ぼやけ方もこのぐらいじゃないかなあと。
 ところで最近気づいたんですけど、私って権力者にコンプレックスを持っているんでしょうか?そのつもりは無くても、気が付いたら思いっきり弄っています。