連続世界樹のなんか006話

 前回までのあらすじ。「まずはナインを集めなければ!」


 ヤルディム君に案内されてやってきたのは、ハイ・ラガードの外れにある冒険者ギルド。どうやら簡易の訓練場も兼ねているらしく、施設内は結構広い。冒険者として実力が足りない場合、先輩達が稽古を付けてくれたりくれなかったりするわけだ。
 そして、そういった新人から荒くれまでを取り仕切っているのが、フルプレートで素顔を隠したギルド長。男だか女だかも分からない……と言いたいところだけど、兜の下から見える美しい金の長髪は女性のものだね。一応私も髪にはちょっとしたこだわりがあるから分かるのさ。
「おはようございます、ギルド長」
「む、お前は……、銃使いのヤルディムだったな。どこかのギルドに入る当てができたのか?」
 兜のせいで相当くぐもっていて、しかもぶっきら棒な声だ。余程「女」を捨てたいのか、元々性別に興味が無いのか。……だが少なくとも、相当の実力を持っている。鎧のハンデが無かったとしても、ちょっと勝つのは難しいかもしれない。
「いえ、今日はこちらの人が……」
「どうも、初めまして」
「見ない顔だが……、お前が長となり新たなギルドを結成するという事かな?」
「一応」
 私は長から渡された書類に必要事項を記入していく。ギルド名は勿論Triferonだが……、このネームバリューが吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。
「『Triferon』……、……聞かぬ言葉だな。異国の言葉か?」
「そうらしいよ。私は知らないけど」
 どうやらこのギルド長はとぼけているのではなく、本当にTriferonの名前を知らないようだ。所属すらしていないヤルディム君の名前を覚えているんだから、物覚えは良いと思われるから……、まあ細かい事は気にするまい。気づいてくれない程度でいじけるほどアホでもない。
「とりあえず、私、ペパラーゼがリーダーという事で」
「誰がリーダーだろうと私は構わないさ。たとえ犯罪者であろうとな」
 「私には」前科は無いけど、どうもこの街における冒険者の立ち位置は、エトリアとそう変わるところは無いようだ。素性は問わず、管理されていれば行動は自由と。分かりやすくて助かります。
「そうだ、ヤルディム君、君もギルドに入る?」
「え?僕ですか……?」
 ヤルディム君は困っているようだ。確かに、昔の私ならなし崩し的に仲間にしていたかもしれないが、一応リーダーをやるならばそういうのはハッキリさせておきたい。というより、ヤルディム君は単なる旅の道連れだしね。
「僕で良いのでしょうか?」
「実力はなかなかだと思うけど?昔の仲間を集めるっつっても、すぐ集まるとは思えないし、あっちには銃使いはいなかったし」
 それに、銃使いが職業として認知されているなら、樹海でそれが必要になる場面も少なからずあるという事で間違いは無いと思われる。銃のメカニズムとやらもさっぱり分からないので、一人は必要だと考えている。その上、こちらに知り合いがいない状況としては、未知の新人を待つよりは少しでも気の知れた人間を引き込む方が早い。
「君が良いなら、一緒にやろうよ」
「…………」
 悩んでいるが、気を悪くしている様子は無い。恐らく彼の性格上、どこかに入ろうとしても入りにくかったんじゃないかと思う。どうしてそういうヤツが冒険者を始めようと思ったのか疑問ではあるが……。
「でも、僕みたいなのが入って迷惑じゃないでしょうか?ペパラーゼさん達はかなりのベテランのようですし……」
 もう一押し。
「よし、じゃあこうしよう。ギルド長、訓練場貸してよ」
「それは構わないが……、模擬戦か?」
「うん。迷った時は体を動かすのが一番だし、私としてもちゃんとした実力を知りたいし」
「は、はい」


 そういうわけで、即席のスペースで模擬戦が行われる事になった。審判はギルド長で、他に居合わせた数人のギャラリーがいる。老若男女バラバラだが、皆それなりの力は持っていそうだ。
 私は訓練用に殺傷力を抑えた代わりに重さを増した鞭を使う。一方ヤルディム君は銃の弾をやわらかいものに変えて、これまた殺傷力を抑えている。しかし訓練用とは言うものの、両方とも当たればそれなりに痛いらしく、私は慣れない防具を着けさせられた。獲物も変えたので少々動きにくいが、銃は元々撃つのにタイムラグがあるらしいので、丁度良いハンデだろう。
 しかし、言いだしっぺでアレだが、私は銃との戦い方がさっぱり分からない。弓使いとの訓練は何度かしたけど、それと同じで良いんだろうか?身を以って知っておきたいという思いはあったが、いきなりこんな事をする必要は無かったかもねえ……。
「始め!」
 ギルド長の掛け声とほぼ同時に、私は鞭で地を叩いた。威嚇でもなんでもなく、単なる気合い入れだ。この一瞬で体の具合も確かめる事ができる。
 一方ヤルディム君は、知り合いが相手という事で多少尻込みしていたようだが、銃を構えると同時に空気が変わった。
 いや、変えたのだ。自らの精神を銃に乗せて、自分自身を一つの武器と化したのだ。こうなれば、相手が誰であろうと関係無い。
 まずい、こいつは……、ヤツと同じタイプだ!
 私は咄嗟に横に跳んだ。一瞬後を訓練弾が撃ち抜いて、訓練場の壁に子供ほどの大きさの穴を開けた。訓練弾、いや銃弾にできる技じゃないぞこれ!
 私は間髪入れずに踏み込んだ。弓使いの弱点は接近戦だが、銃使いもそれは変わらないはず。
「そこだ!」
 ヤルディムが走りながら再び銃をこちらに向ける。私は再び横に跳び、狙いを付けさせずに近づいていく。弓のもう一つの弱点は、獲物の先を直線にしか攻撃できない。どうやら銃もそれは同じようだ。
「もらった!」
 私はヤルディムが空撃ちした瞬間に鞭を振るった。
 鞭の強みは殺傷力よりも、不規則な動きとリーチにある。振りだけでなく、自分自身も動く事で更に複雑な動きを作る事ができる。突然のこの動きは読めまい。これで銃を絡め取れば……!
 瞬間、背中に激痛が奔った。「何か」が私を撃ったのだ。悲鳴は上げなかったものの、手元を狂わせた鞭はヤルディムの銃に僅かのところで届かなかった。
 誰にやられたか考えながら体制を立て直す。ギャラリーの誰かか?それなばらギルド長が黙ってはいないだろう。何か事故でも起きたか?それだったらギャラリーも騒ぐだろう。そうなると、ヤルディムの銃の技術が、どうやってか後ろから攻撃する事を可能にしたとしか思えない。
 単に間合いを詰めるだけでは負ける。相手の手の内がまた分からなくなった以上、迂闊には近づけない……。
「あれに耐えるか!」
 ヤルディムの口調が全然変わってる。なんだか分からないが、ますます本気にさせてしまったようだ。ならばこちらも本気を出すしかない。撃った弾がどこに飛んでいくのか、今の私には分からない。しかし、撃つ瞬間は見極める事ができる。ならばそこを狙う!
 私は一瞬だけ回避運動のテンポを落とした。ヤルディム程の実力者ならそれが誘いだという事は分かるだろうが、狙わない手も無いはずだ。それでなくとも、背中の激痛のおかげで碌に動けないのだ。それが効いてきたと思わせればいい。
 思った通り、ヤルディムの周囲の空気が更に研ぎ澄まされた。狙ってくる、いや、討ち取りにくる気だ。私は研ぎ澄まされた空気の中心に向かって鞭を振るった。
 銃の発射音と、強力な繊維が引き裂かれる音が同時に響いた。
「訓練用の分厚いのでなけりゃ、こんな事はできないさ!」
 私は鞭を放り捨て、ヤルディムに向かって跳び込んだ。ヤルディムは、銃から鞭の残骸を剥がそうと、一瞬だけ私から狙いを外した。
 私は、銃の狙いに向かって、その線上に正確に重なるように鞭を振るったのだ。発射された銃弾は鞭を破壊しつつもその勢いを大きく殺され、私に到達する前に力尽きていた。更に私は銃にまとわりつくように鞭を放り投げていた。実戦でなら単なる嫌がらせだが、今はこれで十分だった。
 結果、私は武器を犠牲にしながらも一回だけ銃を完全に防いだ。
 二回目は無い。私は踏み込んだ勢いで回し蹴りを放ち、一発目で銃を叩き落した。
 そして、私は模擬戦だという事をすっかり忘れて、二発目でヤルディム君の顔を思いっきり蹴り飛ばしていた。


「あんた、強いわぁ……」
「そうですか?でも僕、負けましたし……」
 私もヤルディム君も、一瞬の攻防でボロボロだった。私は背中に、ヤルディム君は顔に強烈な打撲を負っていた。特にヤルディム君は、ギルド長がギャラリーに薬泉院を呼ばせなければ、もっとひどい事になっていたかもしれない。なんせ顔だからね。……ごめん。久しぶりに全力で蹴ってしまった。
 私の背中の激痛の正体は、「跳弾」と呼ばれる技術らしく、銃弾を壁等に撃った時に弾かれる力を利用して、あらぬ方向から攻撃したりする技だそうだ。つまり、外していたと見せかけて、私の移動パターンも読んで狙っていたというわけだ。ただギルド長曰く「やわらかい訓練弾でまともな跳弾を起こせる者はほとんどいない」らしく、私はそんな強敵に軽々しく戦いを挑んだと。
 そして、垂直に振るった鞭で銃弾を殺すのも離れ業だったらしく、ギャラリーの中で私達は結構騒がれた。どうやったのか教えてくれと言われたが、「できそうだったから」とは言えそうにない……。
 ちなみに、ヤルディム君が最初に壁を破壊したのは、元々壁が脆くなっていたかららしい。どうりで大きさが不自然すぎると思ったよ……。どんなにヤルディム君の技術が高くても、限度ってものがあるよね。
「とにかくね、あっちのギルドでも結構な強さだった私が言うんだから問題無いよ。是非入りなさい。ていうか入ってください。カンタール5も好きに使って良いから」
「……私はどこかを薦める気は無いがな。ここで実力を見せた以上、すぐに噂は広がるだろう。勧誘がうざったくなる前に入ってしまうのは有効な選択だと思うぞ」
 ギルド長のねえちゃんはヤルディム君だけではなく、私の事も高く評価したようだ。私が銃使いとの戦いが初だと言ったらえらく驚いていたし、私の実力も捨てたものではないね。まあ、鞭を犠牲にするような戦い方は褒められたものじゃないから、弁償する事になったけど……。
 ヤルディム君は暫く悩んでいたが、やがて顔を上げた。頬のでっかい湿布が様になってて、悪いとは思いつつもそっちの方が冒険者っぽくて良いよ。
「僕でよろしければ、お願いします」
「はい、こちらこそ」
 私はその後、ギルド長にヤルディムと、別行動に出ている二人の名前も伝えた。
「フィールに、カンタール5か。了解した。後日で構わんから、本人も直接ここに来てもらおう」
「了解。……とりあえずはこの4人だけど、ひょっとしたらもっと増えるかもしれないからよろしく」
「ふむ、かつての仲間と言ったか。……いいだろう。Triferonの名前を聞いたらお前に知らせよう」
 新人に優しいお姉さんだ。ぶっきら棒かと思ったが、実力を見せたのが結構効いたらしい。たまにいるよね、強い人には無条件で敬意を表する人。私自身はそんな気は全然無いんだけど、そういう人、私は嫌いじゃない。
「これでお前はこの街の住人だ。樹海に挑む以外にも、好きなように活動するが良い。だが樹海に挑む時は、必ず公宮に顔を出しておけ」
 ……また、偉い人の話を聞かされるのか……。
 私は少々の気の重さを感じながら、一旦宿に戻る事にした。背中の傷が痛いのも勿論だし、フィール達も戻ってる頃だろう。