010話

 果たして、三桁まで話が続くのか。


 帰り道にも男はいた。蜥蜴も変わらず残っていた。話しかけようかとも思ったが、別れたばかりで話すネタも無い。せいぜいが「君、良い体をしているね、Triferonに入らないか?」ぐらいだろうが、今の彼に話しても聞いてくれそうにない。
 街に帰還した私達は、無事に帰れた事を少しだけ喜んだ。少しだけ、というのは、何かの間違いでも起きない限り負ける要素は無いように思われたからだ。
「ヤルディム君、地図どうなった?」
「あ、はい」
 一階は行けるところを全て回り、二階も軽く探索した。私はヤルディム君から渡された地図と、自分の中でおぼろげに描いていた地図を照らし合わせる。
「よく見ている」
「はい?」
「上手いって事だよ」
 構造が単純だった事もあるが、初めて尽くしの状況でも正確に仕事をこなしている。戦いでも遅れを取っていないし、思ったよりも優秀なようだ。
「ありがとうございます」
「うん、まあ堅苦しいことは抜きだ。……つーわけで、お疲れさまー」
「ういー」
 フィールが。
「へいー」
 カンタールが。
「……い、いえーい」
「……いや、無理しなくてもいい。……とりあえず私は素材を交易所で引き取ってもらいに行くけど、皆はどうする?」
「あたしはおっちゃんの酒場で一曲歌う!」
 「今日も一日生きられたのブルース」とか歌うんだろうな、きっと。そんなの聴きたくない。微妙に切実だから尚更に。
「ぼ、僕は、ペパラーゼさんと一緒に行きます」
 ちょっと緊張しているのはなぜかしら?
「じゃあ、俺も一緒に行きます」
 「じゃあ」って何よ。
「なんだよー、酒場行きはあたしだけかー、しょうがないにゃー。んじゃあ、気が向いたら来てよ」
「はいはい。じゃあ私達も行きますか」
 時刻は晩御飯をちょっと過ぎた辺り。交易所に寄ってから酒場に着く頃には、良い感じに騒がしい時間帯だろう。
 私は少々の期待を胸に歩き始めた。


 樹海の探索は「昼の部」と「夜の部」があるという。誰が決めたか知らないが、晩御飯を食べる時間帯に「昼の部」が終わり、食べ終わる時間になると「夜の部」のギルドが探索を始める。そして次の太陽が昇る頃になると「夜の部」が帰ってくるというわけだ。
 樹海は昼と夜で表情を変える。基本的には夜の方が危険だが、その分昼には見られないものもある。樹海を制する野望を持つ者は、全てを解明する為に昼夜問わず樹海に潜らなければならないのだ。
 そういった前置きがどういう意味を持つかと言えば、今の時間帯は晩御飯を過ぎた辺り。つまり、樹海で取れた素材を換金する交易所にしてみれば、「昼の部」の帰還のピークが過ぎて一息付いた辺りである。こちらとしては客が少なくて気分的に楽だけど、看板娘は休む暇が無さそうだなあと、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「いらっしゃいませ!あ、昨日の……」
「どーも、行ってきたよ」
 探索の疲れも手伝って、自分の態度が適当に崩れている。しかし、この娘はもっと疲れているのではないだろうか。その疲れを見せない態度は嫌いじゃないんだが……。
「初めての樹海、いかがでしたか?」
「んー、まあ楽だったかな」
「そうですか。でも気をつけてくださいね?一番の敵は油断だって、ベオウルフの人が言ってましたよ」
 全くもってその通り。ちなみに疲れているのは戦いではなく、単純に歩き疲れたからだ。あんな小動物どもに負けるわけにはいかない。
「とにかく、これだけお願い」
 その小動物どもから得た素材をガバッと渡すと、交易所の向日葵娘は細かく分けて勘定し始めた。傷つけないように慎重に、しかし動作は素早く……なんという商売人の鑑であろうか。
「どう思う?ヤルディム君」
「はい、可愛いですよね。特にあの太眉が。表情がコロコロ変わるのを強調してくれて、見てると微笑ましくなります」
 主語を抜いた問いだったにもかかわらず、ヤルディム君は私の意図を正確に察してくれた……わけもなく、彼が店に入った時からずっと娘を見ていたのを、私は知っている。
「こいつもあの娘の魔性に……」
「どゆこと?」
 そういやカンタール君は「じゃあ」とか言って付いてきたけど、何を想像してたんだろうね。
「姐さんも大体想像は付くでしょうが、あの娘のファンは多いッスよ。同じファン同士で、ギルドを越えた交流とか衝突とかもあるぐらいですから」
「やっぱり?……んでも、私にはどこが良いのかよく分かんないねえ。なんていうか、良い子すぎる」
 何気に失礼な話なので、さり気なく店の隅っこに移動する私達。ヤルディム君はそれに気づいているが、愛しの看板娘から視線を外そうとはしない。勿論、当の本人は全く気づかず、目の前の素材に悪戦苦闘している。
「まあ俺も可愛いとは思うんスけどね……。あのほっぺとか、ドット絵職人の愛と技術の結晶みたいで好感持てますし……」
「何言ってんの」
「いえ。とにかく、ギルドの面子にしてみれば自分達が肉体派だから、筋肉に縁の無さそうな子には惹かれちゃうんじゃないですかね?あ、勿論俺は姐さん一筋ですから」
「はいはい、フォローありがとう」
 私はあんたみたいのはタイプじゃないけどな、と心の中で付け加えた。尤も、それはお付き合いの相手としてであって、樹海を潜るパートナーとしてはかなり信頼できる方だ。
 言い換えるならば、「良いお友達」かな?
「ついでに聞くけど、ヤルディム君をどう思う?」
 良いお友達が、新人の能力をどう判断しているかは気になる。反省会には早いが、ここで聞いてしまおう。
「姐さんを狙ってないなら、良いパートナーです。……あの遠慮がちの性格はちょっと気に食わないところがありますが、戦いの時には割り切った動きができるので。銃の優位性はまだ分からないところがありますが、あいつ自身が結構器用な感じなので、様々な局面にも対応できるんじゃないかと思います」
「狙ってるなら?」
 聞いてから、物凄く馬鹿げた質問であることに気づいた。
「凶悪なライバルです。姐さんの周りにああいうタイプの男は今までいなかったので、俺にも予想は付きません。勿論俺は全力で姐さんを口説き落とそうと思いますが、案外ヤツが天然を装っていたとしたら手強いかもしれません」
 その返答はもっと馬鹿げていた。かなり冷静に判断しているのがまた…………。
「僕はペパラーゼさんの事好きですが、今のところその気は無いですから安心してください」
 もう一人冷静なのがいたよ。なんだお前らは。ハイパー賢者タイムというヤツか。
「お待たせしました!こちら、全てこちらで引き取って構わないんですか?」
「いいよ」
 ああ、現実に帰ってきた。しかし、ある意味こいつのせいかもしれんと思うと、やっぱりこの娘は好きになれそうもない。
 私が素材を改めて確認して提示された金額と比較していると、娘が何か言いたそうにこちらを見ている事に気づいた。
「何?」
「あ、すみません。お名前はなんて仰るかなって……、あ、ギルド名でも構いません。教えていただけませんか?」
「Triferonのペパラーゼ。ペパラーでもペッパでもドリ子でも、好きなように呼んでいいよ」
「ペパラーゼさん……ですね、よろしくお願いします!」
 ますますいい子だ。いい子すぎてなんだこりゃとか思える。
「僕はヤルディムです」
「俺は……どうでもいいや」
 男連中は下心丸出しだし。いや、カンタールは興味無さそうなんだけど、おかげで別の下心が見える。
 私はむしょうに鞭を振るいたくなったが、店の中で暴れるのもイカンので我慢し、素材を現金と引き換えた。尤も、薬や糸を買い足したおかげでほとんどチャラになってしまったが。
「ところでTriferonの皆さんは、今帰ってきたばかりなんですか?」
「ん?そうだけど……」
「じゃあ、晩御飯はまだ食べてないんですよね?」
 晩御飯!その言葉に、ヤルディム君が反応した。背中ごしにでも分かるぐらいの動きだったぞ。隙あらば誘おうとか思ってたんだろうか。
「これから反省会がてら酒場で食べようと思ってるけど……?」
「あの、それじゃ……、私も一緒に行って良いですか?」
「いいですとも!」
 後ろから謎の叫びが聞こえた。その直後に「あっ……」とかいう呟きも聞こえた。…………聞かなかったことにしておいてあげよう。
「私、いつもこのぐらいの時間にご飯食べるんです。この時間帯ならお客さんも少ないですし、お母さんにお店をちょっとだけお任せして……。それで、たまにそちらのお店にも食べに行くので……」
 なんだかしどろもどろだ。接客業の、それも受身的な要素が強いこの店で、自分から何かを誘うのは少ないんだろう。といっても私達に特別好意を持っているわけではないだろう。となると、新人さんが珍しいのかもしれない。
 私は後ろを振り返った。カンタールは「姐さんが良いなら俺は構いません」といった感じの顔で、私と同様にこの娘に特別な感情を持っていない、ただのお友達としての反応である。ヤルディム君は……、まあ語るまでもあるまい。
「いいよ、一応夜道は危ないしね」
「よ、よろしくお願いします!じゃなかった、ありがとうございます!」
 ……今の言葉、どっちが正しいんだろう?


 長いのでこの辺で切ります。といっても、続くかどうかは分かりませんが。