013話

 そろそろ話を飛ばそう。


 二階の鹿が如何に狂乱としているのか分からなかった私達ではあるが、今日改めて挑んでみてよく分かった。普段敵意を持っていない鹿ではあるが、どうもそれはこちらが刺激しても変わらないようで、複雑なステップでこちらの気を紛らわしてばかりであった。巨体故にぶつかったら痛いし、それに惑わされて同士討ちでもしたらたまったものではない。
「でも、こういうのってどっかで見たよね」
「だよねー。具体的には、昔いたレンジャーとか」
 ヤルディム君もこの手の野生生物の動きには慣れているのか、特別惑わされる事は無かった。
 まあ、あっさり倒してしまったわけだが、イマイチ面白みが無かった。優秀な素材が手に入るという程でもなかったし、第一、一度見たような相手なので経験にならなかった。
 こりゃ何度も相手してもしょうがないと感じた私達は、鹿どもを適当にやり過ごして探索を続ける事にした。
「ところでヤルディム君、鹿せんべいって食べた事ある?」
「……ありません」
「私はあるんだ」
「あれって、食べられるんですか?」
「有害な成分は無いっていう触れ込みなんだけど……、ねえ?」
「あたしの経験から言わせてもらうなら、『有害じゃない』と『食べられる』は全然違うよ」
「『美味しい』となると更に違いますからね」
「つまり、おいしくなかったんですか?」
「うん」
 旅先で、売店のおばちゃんが言ってた。「鹿用だけど、人間も食べられるよ」って。あれは、私の短い人生での、唯一の失敗かもしれない。
 そんな心底くだらないやり取りをしていると、通路の横に抜け道があるのに気づいた。まあ樹海にはありがちな抜け道ではあるんだけど、その先に更に秘密の小部屋とでも言うべき場所への道が隠れていた。
 向こう側には普通の通路が続いているのだが、間の通路がポッカリ抜け落ちているのだ。身軽ならば木に飛び移るなりして向こう側に渡れるのだろうが……、私は生憎とび職ではないし、それなりの装備や道具も持っている身だ。鞭を駆使すれば渡れない事もないだろうが、その場合は私とカンタール以外を渡らせるのが難しいだろう。
「こういう時、昔いたレンジャーがいてくれたらねえ」
「そうだねえ」
「そうッスねえ」
「ですねえ」
 四人でアホみたいなやり取りをする私達だが、ヤルディム君もすっかりノリが良くなったものだ。ちなみに、他にもこういった難関はあったが、皆の力を合わせれば通れなくはなかったという。


 三階への階段も滞りなく発見し、軽く下見をしてから帰ろうという事になった。
 そして上がってみると、そこいらにいる魔物とは明らかに違う気配の獣を感じた。どこにいるのか分からなかったが、見られている。それも敵意ではなく、見張りのような存在だ。
「中ボス襲来?」
 何をわけの分からん事を……。しかしこの感覚、魔物の親玉と言っても遜色の無い迫力を持っている。ただ違うのは、親玉というよりは一匹狼のような孤高さを纏っているのだが。
 通路を進んでいくと、「そいつ」の意識も追ってくる。どうやら私達を待っているようだ。
「警戒、しておいた方がいいですかね?」
「いや、ドンと構えときな」
 敵意があるなら警戒してもいいけど、そうでない奴には無心で近づいた方が良い。こちらを最初から見てるんだし、それに答えるように敵意むき出しだと、まともに交渉できないかもしれない。チンピラとか思われるのも嫌だし。
 それに、相手が誰だか分からないのに警戒するのも癪だ……そう思って通路を抜けると、「そいつ」はいた。
 鋭い牙と瞳を持つ、狼だ。奴は私達の姿を確認すると、首を振って横道を指した。通訳するまでもなく、「待っていた。こちらに行け」と言っているのが分かる。
「君は何故ここにいる?」
 ふと思いついて普通の言葉で話しかけてみたが、無反応だった。いや、無言で返したというべきか。「こちらに行けば分かる」と。
「やーい、無視されてやんのー」
 フィールも奴の言わんとするところは理解できていたはずだが、その上でこういう子供じみたネタをかましてくれるんだから始末に終えない。私はフィールの頭を縛ってからそちらに行ってみることにした。
「…………そう考えてもらえばいい」
「……では、原理は……」
 通路の向こうで話し声が聞こえる。聞いている方が少年の、答える方は青年の声だ。
「お取り込み中?」
 と、まださっきの場所から動かない狼に聞いてみるが、また無言で返された。……「いいから行け」かな?
 通路を抜けた大広間にいたのは、確かに青年と、少年の二人組だった。青年はパラディンか、かなりの重鎧と、その上からでも分かる強靭な肉体、そしてそれらを包み込む騎士としての品格に満ちていた。ルックスもイケメンだ。
 一方少年の方は、どうやら剣士と錬金術師のコンビだ。錬金術師は広間の奥の方にある謎の光を見ながら聖騎士にあれこれ質問をしており、剣士はそれを暇そうに眺めている。
「あの光、なんでしょうね?」
 錬金術師が知的好奇心をくすぐられるんだから、ただの光ではい事は確かだが……。
「どっかで見たよね?」
「うん。地軸にそっくり」
 樹海地軸。端的に言えば、街から樹海の中まで一瞬で行き来する事ができる、時空のゆがみのようなものだ。原理は……私には理解できなかった。使えるから使えるで良いんじゃないの?ていうかフィール、いつ私の鞭から抜けた。
「それを尋ねるあいつらも、どっかで見た気がするッスけどね」
「うん、分かってる」
「あいつらって……、あのソードマンとアルケミストですか?」
 私は頷いた。それとほぼ同時に、暇そうにしていた剣士がこちらに気づいた。
「あれ?……どっかで見たような……」
 その呟きで、錬金術師と聖騎士もこちらを向いた。
「ん?また来客か……」
「あ、……もしかしてペパラーゼさんですか?」
 その錬金術師、ナガタカは私の名前を呼ぶと同時に、恥ずかしそうに顔を逸らした。


 なんか気が乗らんので続く。たぶん書き始めたら長いしね。